村人が石段を作ると上人はそこに座り、三、七、二十一日の間、断食して一心不乱に祈り続けた。万巻上人のマンガン攻撃は湖中の九頭竜を大いに苦しめ、ついには九頭竜を降参させた。

「もうたまりません。おゆるしください」

「許せん。おまえの犯した罪は山よりも重い」

「そこをなんとか・・・」

「ダメだ、もう二度と湖上に来てはならぬ!」

上人はそう言うと九頭竜を湖底に生えている逆さ杉に鎖で縛り付けた。

それから、どれくらいの年月が流れただろうか。ある夜、九頭竜は上人に涙ながらに訴えた。

「犯した罪のつぐないをしとうございます。どうか鎖を解いてください」

上人が九頭竜を信じて鎖を解いてやると、九頭竜は山に入って姿を消してしまった。それからというもの、村にはなんの災害も起こらなくなり、村人は安心して暮らせるようになった。

「これはきっと、九頭竜が守ってくれているからだ。守り神にして祀ろう」

村人達は芦ノ湖の小さな島に社を建てた。これが九頭竜神社である。そして、竜神へのお供えとして毎年一度三斗三升三合三勺の赤飯を船に乗せていき、竜神が縛られていたという逆さ杉のところに沈めるようになった。

この神事は今も湖上祭(竜神祭)に受け継がれている。7月31日の夕闇せまるころ、箱根神社では三斗三升三合三勺の赤飯を入れたお櫃(ひつ)を船に乗せ、宮司がひとり付き添って逆さ杉のところへ赤飯を沈めに行くのだ。

このとき、箱根神社の大燈篭に火が灯されるのだが、この火は氏子が竜神に捧げる聖火で、この行事を“竜灯祭”という。もしも赤飯を入れた櫃が浮き上がると、それは、竜神が受け取ることを拒んだということらしい。そうなるとその年は不漁になったり、山火事、疫病が流行るという。

その他に、竜灯祭で船を漕ぐ船長は一切無言を守らなければならず、櫃を沈めての帰りには決して逆さ杉の方を振り返ってはならならないという厳しい掟がある。もし、この掟を破れば、その年に大水が出ると言われているのだ。

なお、沈められた櫃は、三日三晩たって南足柄市の大雄山駅に近い清左衛門地獄、別名“浮泉”という深い深い池に浮かび上がると言われているのだが、それを見た者は誰もいない。

解説

※箱根神社は757年に万巻上人が社殿を建てたと言われており、守り神は九頭竜である。

※逆さ杉というのは湖底に真っ直ぐ立っている杉のことだ。地震によって湖岸の土砂とともに水中へ押し流されたため、ほぼ真っ直ぐ上を向いたまま今でも湖底にそびえ立っている。

ポイントとしては小杉ノ鼻の北側、水深25メートル付近。九頭竜神社の沖、水深30メートル付近。 シンゴの沖などにあり、レイク・トローリングの際に注意が必要。枝が朽ち果てて真っ直ぐな1本の棒のようになっているから魚探ではわかりづらい。

なお、逆さ杉の水中写真を見たければ、【芦ノ湖情報】に戻って【箱根町のホームページ】に飛んでみてほしい。

※現代において、『白羽の矢が立つ』という言葉は、大抜てき人事など、良い意味で使われている。しかし、元々は恐ろしい言葉なのだ。前ページでも書いた通り、むかしは人身御供(ひとみごくう)という習慣があって、白羽の矢が立った家の娘がいけにえにされていたのである。1,000年も経つと言葉の意味がまったく変わってしまうという見本だろう。

白羽の矢は誰が放ったものかわからないが、誰かが秘密裏に放ったらしい。むかしの家屋は藁葺きだったから、天に向かって矢を放てば、どこかの屋根に矢が刺さったのである。

なお、箱根神社境内に矢立ての杉という巨木がある。Tomy は白羽の矢の話を読んで、『矢立ての杉から白羽の矢が放たれたのかもしれない』とにらんだのだが・・・。

これは全然違っていた。箱根神社は武運に御利益があるということで、古くは坂上田村麻呂が東夷遠征の時、また、源義家が阿倍貞任追討の時に、この大杉目掛けて一矢を献じ、武運を祈願したそうだ。

なお、箱根神社には石段の下の湖に平和大鳥居というドデカイ鳥居が建っているが、これは日米講和条約の締結を記念して建てられたそうで、歴史はそんなに古くない。(アニメは時代考証がいいかげんだから鵜呑みにしてはいかんよ)

去年の8月1日、芦ノ湖にお櫃が浮いているのを誰か見た人がいるんでないかい?