クリスマス無用論

他国の文化を取り入れすぎ

12月13日

子供の頃のクリスマスについて、覚えていることを書いてみよう。確か小学校1年生の時だったと思うが、親からクリスマスプレゼントをもらった記憶がある。もらったのはブリキのおもちゃで、赤いアメ車だった。朝起きたら、枕元に置いてあったんだ。上に乗ったりして、アッという間に壊しちゃったけどね。

そのとき、「うちには煙突がないけど、サンタさんはどうやって家に入ったの?」と母に尋ねた。すると、「窓を少し開けておいたんだよ」という答えが返ってきた。

その後、小学校2年のとき、東京都下から23区内に引っ越した。転校して入った新宿区立の小学校の場合、クリスマスだからといって特別なことは何もしなかった。でも、とある英語の塾に入ったのがキッカケで、クリスマス・プレゼントの交換会をすることになった。よく覚えてないが、それは小学校3年か4年の時だったと思う。

交換会の日、アタシは自分が欲しいと思っていた飛行機のプラモデルを買って塾に行った。英語の塾と言っても、小学生だから会話らしい会話なんかやらない。英語の歌を歌ったり、カードに描いてある絵を見て、「ドッグ」とか「キャット」と言うだけの他愛ないものだった。

そして、おやつのあと、いよいよプレゼント交換会の時間になった。みんな輪になって右隣の人にプレゼントを回していく。ジングルベルの音楽に合わせて。

♪ジングルベール ジングルベール ジングル オー ザ ウェー♪

アタシが欲しいのは自分が持ってきたプラモデルだから、その行き先ばかり気になっていた。しばらくして音楽が止まった。ここで手元にある物が自分がもらえるプレゼントってわけだ。当然のことながら、自分が持ってきたプレゼントが他の子のところへ行くように、先生は作為的に音楽を止めていた。だから、プラモデルは他の子の手元に行ってしまった。(大人はこれを「正しい」と思いこんでいる)

ところが、アタシにとっては許し難いことだったのだ。自分がもらいたいプラモデルが他の子の物になって、頭に来てしまった。もう、そこでブチキレね。手元に残ったプレゼントが何だったか忘れたが、それを放り出して、ひとりでドアを開けて脇目もふらず家に帰っちまった。(その塾には結局二度と行かなかったと思う)

一徹オヤジ顔負けというか、超ワガママというか、なにしろその頃からやることが徹底していたワケだ。気に入らないものは他人がどうであろうと絶対受け入れない。クリスマスなんて喧嘩の元を作るだけということで、それ以来、うちではクリスマスが普通の日になった。

でも、他の家がどうかを知りたくなったので、クラブの掲示板を使ってクリスマスについてのアンケートをやってみたんだ。すると・・・

我が家は、私の意見を聞く事もなく

  1. 娘どもへのプレゼント
  2. 料理
  3. ケーキ

が当然の様にセットされています。

このような意見が出てきた。これが典型的な日本の家庭なんだろうか? クリスマスがどういう日か、すでに固定観念ができあがっている。うちではアタシが小学生の時、固定観念が打破されて、普通の日になったが、他の多くの家庭では、プレゼントとケーキが常識になっているようだ。

クリスマスなんて、お正月のわずか1週間前じゃないか。日本人だったら、大晦日は紅白見て、除夜の鐘を聞きながら年越しそばを食べ、元旦にご来光を拝んで、おせち料理と雑煮を食べ、初詣に行って、凧をあげて、コマを回さなきゃいけないんだよ。

わずか1週間しか間がないのに、忙しすぎない? ついこのあいだクリスマスカードが来たばかりなのに、もう年賀状? そんなの馬鹿げてない? みんなケンタッキー・フライドチキンやトイザラスの陰謀でしょ。

クリスマスにプレゼントしなくても、子供はお年玉をもらう。だから正月に自分のお小遣いで好きな物を買えるんだ。だから変なんだよ、日本人にクリスマスなんていらないんだよ。

諸君! いい加減、気づこう。キリスト教徒でもないのにクリスマスを祝うのは変だってことに。

この話の続編(クリスマスイブイブ)