書くことの意味

問題先送りは罪だ

2003年1月6日

無名なアタシがコラムを書いたって一銭にもならない。それに、社会的影響力もない。じゃあ、何のために書いてるかというと、それは、自分が日々考えていることを整理しておくためだ。

これは長所でもあるのだが、アタシはイヤなことをすぐに忘れてしまう。でも、イヤな思いをしたときのことを書いておくと、次に同じような場面に出会ったとき役に立つ。たとえば、うまい対処法を知らなくて失敗したとか、適当なセリフが思い浮かばなくて、チャンスを逃がしたとか・・・

だから、日々考えたことを整理しておくことは重要だと思う。

去年からは映画の感想も書きはじめたが、これがまた面白い。インターネットのおかげで、他人の評価と自分の評価を簡単に比べることができる。そうすると、自分の考え方の偏差値がわかるのである。

映画の感想を分析してわかったことだが、どうもアタシの視点は平均的な日本人と違うらしい。まず、型にはまった映画はケチョンケチョンにけなす。極端な例を挙げると「水戸黄門」みたいなやつだが、ハリウッド映画にも最初の方で容易に結末が読めてしまう駄作がけっこうある。

でも、一般的な日本人はワンパターンを毛嫌いしない。むしろ、安心して観ていられることを重要視するようだ。つまり、“事なかれ主義”なんだな。

例えば・・・、社会悪だとわかっていても、会社のために仕方なくってことが日本にはゴロゴロあるでしょ。雪印や日本ハムの牛肉偽装事件なんかがいい例だ。ああいうのをアタシャ許せないんだよ。会社を辞めてでも片棒担ぐのはまっぴらごめん。事実、それに似たようなことがあって会社を辞めたことがあった。

あと、『今さえ良ければ』という考え方も絶対しない。営業をやっていたのだが、将来の数字を今月に繰り入れるのは大キライだった。(たまにならいいけど、毎月だったから)

『今さえ良ければ』という考え方は、問題を先送りするだけで、いつかは巨大なツケになる。宝くじでも当たらなければ到底返せないほどのツケにね。今までの日本がそういう体質だったでしょ。国がそうだから、国民も当然のように問題先送りを罪と思わなかった。だから今、日本はひどいことになっている。そして、子供達の将来は暗いと思うから、少子化がますます進んでいる。

今の若者は、たまらないよ。去年、20代の人が40%以上も国民年金を払っていないという現実が浮き彫りになったが、若者が国民年金を払わないのは、当然の成り行きだと思う。北斗の拳のセリフを借りれば、国民年金なんて「オマエは既に死んでいる」という状態だからね。

結局、アタシの「問題先送りは罪だ」という考え方は正しかったのだ。20代の頃、上司と大喧嘩して主張したことが景気の減速で現実になった。毎年5%経済成長していた時代なら、なあなあで済まされたけど・・・。