2003年10月14日
人間は電池に似ている。電池と一口に言っても様々なタイプがあって・・・
ところで、最近のアタシはどうかというと、過充電ぎみの充電池というカンジである。そろそろ溜め込んだパワーを一気に吐き出して、オリジナルの話でも書かなくちゃいけない。だが、どうしてもそのキッカケが掴めないでいる。ユウウツはタバコをやめた7月頃から続いていて、今日なんか、危うくタバコの販売機に手が伸びそうになった。
タバコが体に悪いことは、2ヶ月ぐらいで実感できた。咳や痰がまったく出なくなったのだ。でも、その代償として夜中に腹が減ると居ても立ってもいられなくなり、長時間集中することもできなくなった。まあ、30年近く吸ってたんだから、その反動も強烈なのだろう。
その後も、スヌースは欠かしていないので、ニコチンが完全に切れたワケではない。しかし、どうも体をいじめないと出てこない“何か”があるような気がする。自虐は人によってスポーツでいい場合もある。でも、アタシの場合、どうしても毒が必要らしい。強烈に効くヤツが・・・
集中力がなくなると本も読めないのだ。だから2時間ぐらいで終わる映画に、ついつい足が向いてしまう。週イチ強の頻度で映画館に通っていたら、いつの間にかポイントが貯まって「1ヶ月間無料パス」をもらってしまった。
さあ、大変。ますます過充電のスパイラルに陥っていく。
面白いものを作ろうと思うとね、物凄くパワーが必要なんだよ。だから、まずは面白い体験をしたり、面白い話を見たり聞いたりして充電しなければならない。すると、あるとき急に何もかも面白くなくなって「自分で作るしかない!」と思うんだな。
そう! 創作意欲の起爆剤は、人に与えられたものが急につまらなくなることなんだ。わかるかな? わっかんねーだろうなー。こういうことは自分で物語を書いてみないとわからないんだよ。
さて・・・
今日はね、【ピンポン】の脚本を書いた宮藤官九郎主演の【福耳】という映画を観てきたが、だんだん途中でイライラしてきた。まったくつまらなかったワケじゃないんだよ。むしろ、皆さんの感想は好意的なものが多いんだ。
でも、どうもアタシには合わないような気がした。自分流じゃないところにイライラしたんだ。なんか説教臭いわけ。今風なんだけど、今の時代が求めていそうなものに媚びてるような気がした。うーん、かなり難しい表現だね。わかるかな? 「今の時代が求めていそうなものに媚びてる」ってところ。
『アタシャ、誰にも、時代にも、媚びたくない。勝手気ままに妄想を突っ走らせてマイペースに読者を巻き込みたいんじゃ!』
今日は強くそう感じた。だから、この映画はイイ意味で毒になったよ。そろそろ自分で創作しなくちゃいけない。今、考えているのは、四国釣り行脚を題材にしたフィクションで、今までのノンフィクションとは二味ぐらい違う文章なんだ。実際に見てきたこととは違うことを書いちゃうのさ。釣果を超越した釣りドラマね。
しかし・・・
このあと、とんでもない猛毒が公開されるんだよ。それがKILL BILL。もう10回以上予告編を見たが、『ココまで見せていいのかよ!』ってぐらい見せまくってるワケ。
超がつくぐらいオバカな設定らしいのだが、これだけ見せられるとどんなにオバカな設定も受け入れ準備完了だ。ちょっと今日もらってきた広告から宣伝文句を引用してみようか。
とんでもない驚きと映画的よろこびに満ちた、ウルトラ・バイオレントでウルトラ・ビューティフルな映画。
この映画をみて感激しなければ映画鑑賞なんてやめた方がいい。
タランティーノは歴史に名を刻むことになった。『キル・ビル』で全く新たなジャンルを創造したのだ。
言葉につまる。まさに100分間のオーガズム!
こんな宣伝して、タダのオバカ映画だったら殺されちゃうよ。みんなもこれを観てちょうだい。得意のパロディーをやるかもしれないからオリジナルを観てもらわないと元も子もないっちゅうワケ。公開は10月25日だからね。
さーて、これを観たら、いよいよ【漁魔が行くシリーズ】に力を注ぐことになるかな。創作意欲の起爆剤は、人に与えられたものが急につまらなくなること。もしくは、面白すぎてパロディーを作らずにはいられなくなることなんだ。
KILL BILL Vol.1&2 ツインパック