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2004年1月11日
ちょっと気になったので、キーワード「本を読まない 日本人」で検索をしてみた。すると、こんなページが見つかった。「読書は」国力だ
この文章は日本に留学中の、ある韓国人留学生が書いた文章らしいが、文中に「読書」に関する諺が二つも出てくる。
『男児須読五車書』
男ならすべて車五台分の量の本を読むべきだ。
『一日不読書 口内生荊棘』
もし一日でも本を読まないと、口の中に棘が生ずるおそれがある。
韓国にはこんな諺があるのだろうか、それとも中国の故事成語かな。ところで、日本には「本を読まないと××になっちゃいますよ」みたいな諺あったっけ?
いろいろ調べてみたが、日本の諺にはないんだよ。少なくとも一般的に使われる諺の中にはない。ということは日本人にとって読書はあまり重要じゃないってことだろうか? あるいは、本を読むのは当たり前のことで、昔の人は戒めの諺が必要だと感じていなかったのだろうか?
それではまず、江戸時代の読書事情を探ってみよう。参考書は「大江戸ものしり図鑑、花咲一男 著」(主婦と生活社)である。
江戸の出版物は全て木版印刷。木の板に文字や絵を左右逆に彫り、墨などを塗って紙を乗せ、馬連でこすって転写するもの。板面の外側に見当という目印を設け、二色以上の場合は、これを頼りに色を加えていく。
ということで江戸時代は出版があまり盛んではなく、本の値段も高かったので、読書は一般的じゃなかった。
当時の本は高価だから、読み物の本は買わずに貸本屋に見料を払って読むのがふつう。定期的にまわってくる貸本屋がお客に合わせて置いてゆく。
時事的な印刷物は出版が禁止されていたから瓦版はいわばモグリの出版物。時事報道といっても内容はもっぱら火事・心中・敵討ちといった無難なものばかり。(瓦版は一般に「読売り」と呼ばれていた)
また、こんな情報もある。『活版印刷人ドラードの生涯』
このページによると、活版印刷は1450年頃グーテンベルクによって発明されたのち、1590年ころ,コンスタンチノ・ドラードという宣教師によって日本に伝わったが、キリシタン弾圧によって一旦消滅した。
だから、日本で本格的に活版印刷がはじまったのは明治になってからなのだ。その辺のことは、このページを読むとわかるだろう。
であるからして、日本に「本を読まないと××になっちゃいますよ」みたいな諺がないのは当然だろう。他に娯楽が少ない時代は「目が悪くなるから読むな!」と言われても親に隠れて本を読んでいたのだ。日本人が本を読まなくなったのは、つい最近のことなんだよ。
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