シクスティーナインの感想

世代間ギャップ

2004年7月14日

きのうはシネマイレージが貯まっていたので映画を無料鑑賞してきた。タイトルは【シクスティーナイン】。これは村上龍の自伝的青春小説を映画化した作品で、1969年の佐世保を舞台にしている。主演は妻夫木聡・・・と、ここまでが予備知識で、あとは劇場での予告編を数回見ただけだった。

最初にお断りしておくが、この映画を見た理由は『タダなら見てみようか』+シネコンで現在やっている映画を総なめにしてしまったからだった。『見たい!』と思って観た映画ではない。

結論から先に言ってしまおう。この映画は最後まで観たところで「だから何なの?」と言いたくなる結末になっている。そこがアタシは好きじゃない。全体的には C の「お暇なら」というレベルだが、さらに1段階下げて C- の「どうしようもなくお暇なら」という評価にしてみたい。もうちょっと気合いを入れて最後までしっかり作れってことだ。

あとで知ったのだが、この映画の脚本は宮藤官九郎なんだね。この人ずいぶん忙しいみたいだけど、だんだん仕事が雑になってきてるんじゃないかな?【ピンポン】は面白かったけど、去年観た【福耳】と今回の【69】は面白くなかった。途中までは興味あるけど、終盤で見事にコケちゃうのだ。おそらく時間的な余裕がないのだろう。関係ないアタシが同情するほど忙しいようだ。(【木更津キャッツアイ】はテレビドラマを観る習慣がないので未見)

さて、映画自体の評価はヒドイことになったが、この映画を観て思い出したことでも書いてみよう。まず、【69】の作者:村上龍だが、この人は1952年生まれで全学連が盛んに機動隊と衝突していた頃、高校生だった。(その頃、アタシは小学生)

でね、これは社会に出てから気付いたことなんだが・・・、この世代の人達って、ヘナチョコが多いと思うんだよ。皆さんは「団塊の世代」という言葉をご存知だろう。

「団塊の世代」を攻略する法 より引用

「団塊の世代」は作家の堺屋太一氏が1976年(昭和51年)に発表した小説で創り出した言葉で、一般的には1947年(昭和22年)、1948年(昭和23年)、1949年(昭和24年)の3年間に生まれた人を指す。

その数は約800万人にのぼり、直前の3年間に生まれた人を50%近くも上回るなど人口構成的に突出しているため、これまで多くの社会問題を引き起こす一方、さまざまなブームの主役にもなってきた。

「団塊の世代」(文春文庫)堺屋太一著

・・・ということで、村上龍の世代ってのは「団塊の世代」よりちょっと下なんだ。つまり、「団塊の世代」のおかげでゼロからの苦労をしてない世代ってわけ。最大の特徴は「甘ったれ(依頼心が強い)」。それから「従順だが、やや無責任」、「マイホームパパ」、「思い通りにならないと、ときどき爆発」。概して言えることは「下には厳しく、上には甘く」である。(村上龍はこの特徴に当てはまらないかもしれないが)

で、この「ヘナチョコ世代」を「課長」などの中間管理職に持ってしまった我々の世代は本当に悲惨だった。コイツらは上からの命令を我々に伝達するだけで食っていやがったのだ。もちろんそうでない人もいるだろうけどね。アタシの上司には口だけのヤツがかなり多かったんだよ。自分ができないことを平気でやれと言うわけ。

それに比べて「団塊の世代」は精力的に働く人が多いんだよな。子供の頃、食べ物で苦労しているから『大人になったら偉くなりたい!』という気持ちが強かったのだろう。しかも、弟や妹がいるから面倒見がいい人も多い。この人達に支えられて日本はここまで経済成長したのだから、「団塊の世代」は多少強引なところがあっても許せる。

しかし、「ヘナチョコ世代」はダメだ。ユルサン! ヤツラのおかげで我々の世代は辛酸をなめてきた。我々の手柄を横取りして、能力もないくせに我々よりいい給料をもらいやがったのだ。もちろんこっちも黙ってないから、険悪なムードになれば評価を下げられる。ヤツラは上には甘く、下には厳しいからね。

じゃあ、どうやって「ヘナチョコ世代」を懲らしめればいいかというと、ヤツラを無視して完全な個人主義につっ走るか、共倒れに持ち込めばいい。その頃は今のような能力給がほとんどなかったから、ボーナスの違いも2割程度しかなかったのだ。

具体的にどうすればいいかというと、徹底的に働かない。それが最大の復讐! 働くとヤツラに手柄をさらわれてしまうから、「ヘナチョコ世代」と差し違えて企業の中で自爆するのだ。(まだこっちは若いから会社を捨ててもなんとかなると思ってた)

そう考えた我々の世代には、「脱・会社の歯車人間」がたくさんいた。実はアタシもそう。能力がないから仕事ができないのではなく、バカな上司を太らすのを嫌って自主的ストライキを敢行してしまったのだ。(単に怠け者だったせいもあるけどな)

その結果はパチンコ屋入り浸りですよ。月末だけ走り回ってなんとか帳尻を合わせるという超いい加減な仕事ぶり。会社に不満を持ってるから社内の人間とは同世代以外とは滅多に付き合わず、社外の人間とばかり付き合う。だが、その理由が「ヘナチョコ世代」にはまったく理解できない。

・・・といういことで、我々の世代は「脱・会社人間世代」とでも言うのかな。そのあとバブル時代に入社した世代ともまったく違うのだ。バブル世代は妙に従順だったりするんだよね。全体的に覇気というか反骨精神が感じられなかった。陰でコソコソ文句を言うのが関の山だ。

このように戦後という一時代は様々な世代を数年単位で作っていった。逆に言うと戦後だいぶ年月が経った現在は、数年の間に大きな世代間ギャップが生じにくい時代なのかもしれない。

今日はそんなことを考えた。アタシャ村上龍の世代を嫌っているからこの映画を気に入らなかったのだろう。この映画を観れば言ってることがちょっとは理解できるよ。ヘナチョコ世代は口ばっかりで「長い物には巻かれろ」って人間が多いんだ。

この世代の人・・・見てたらゴメンよ。アナタはそうじゃないと思う。アタシがたまたまそういう人の下にばかり付いたんだろう。きっと、かなり不運だったのだ。

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