エクソシスト・ビギニング

恐怖の対象

2004年10月21日

ビギニングということは、このシリーズのさらに先を作ることを狙っているのだろう。でも、『そんなことはせんでもイイ』という気がする。確かに「恐ろしい映画」だが、エクソシスト・ビギニングは「恐ろしくつまらないシリーズのはじまり」に過ぎない。エクソシストには、【呪怨】のような「オモシロ恐い」という風味がまったくないのだ。音響によるコケ威しと、気持ち悪い特殊メイク。それ以外にいったい何があると言うのか?

去年公開された日本映画の【呪怨】は、宗教観や教育にほとんど影響されない恐怖映画だった。だが、エクソシストの場合、観客のキリスト教やナチスに対するイメージが強く影響する。日本人のほとんどはキリストが冒涜されても平気だし、ナチスを悪魔として描いた映画もそんなに数多く見てない。つまり、アメリカ人の多くが持っている固定観念がないわけだ。そういう日本人がこの映画を見ても恐くないんだよ。

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アメリカ人には常に「悪の枢軸」=〈An axis of evil〉という恐怖の対象がある。第二次世界大戦中のナチス、日本、冷戦時代のロシア、キューバのカストロ、イラクのフセイン大統領・・・などなど。いつも大統領とその取り巻きが「恐怖の対象」をでっち上げてきた。本当はアメリカにとって都合が悪いだけなのに、恐怖を煽って「過剰防衛」を正当化しているのだ。

そう言えば中国や韓国もそうだな。日本が未だに軍国主義だと国民に信じ込ませたいらしい。そんな事実はないのに。じゃあ、それをやめさせるにはどうすればいいかというと、外国人の留学生に日本の大学が広く門戸を開放すればいい。日本に来たこともない歴史家が間違ったことを国民に伝えるから誤解されるんだ。アタシは ODA より留学生の受け入れを熱心にやった方が効果的だと思うぞ。悪事に走らなくても、ちゃんと勉強に打ち込める機会を与えてやればいい。

ところで、人間という動物は、恐怖の対象がないと進歩しないのだろうか。医学は「死の恐怖」と戦うために進歩しているわけでしょ。その他にも恐怖から解放されるために進歩している学問は数多い。だから、「恐怖の対象」は人間にとって常に必要なモノなのかもしれない。何かを恐がってないと退屈で、ヤル気が起きないのだろう。

じゃあ、日本人にとって恐怖の対象って何だ? 怨念とか幽霊とか、得体の知れないモノかな? それとも台風や地震など、自然の猛威だろうか? だとすれば、アメリカ人より進歩しているのかもしれない。実体のないモノや自然の猛威を恐がっているから、他国への攻撃性が低いんだ。日本はアメリカの真似をしなくてもいい。イージス艦を1隻造るお金があったら、留学生を継続的に、たくさん受け入れた方がいいよ。

【エクソシスト・ビギニング】はそんなことを考えるキッカケを作ってくれたから、最低評価だけは勘弁してやろう。映画館を出た直後は E か F 評価と思っていたが、D の「なんじゃこりゃ」で勘弁しておく。そーとーツマラナイけどね。