文章:釣る姫さん
1997年6月1日
6月1日は予想に反して好天。芦ノ湖は前回(5月12日)のような強風もなく、晴れ渡っていました。
ボート屋のバイオレットで Tomy 船長を待ちながら、輝く湖面、わずかに霞む箱根の山々を眩しく眺めていました。桟橋のそばでは、植松さんが剃りたての頭を日光浴させています。
そして、植松さんに「惚れている」ラブラドール・リトリバーのエミーが遊んでいます。エミーは芦ノ湖でひと泳ぎしては、植松さんの足元に戻って甘えるのです。私の大好きな時間の流れです。
約束の9時半、モーターボートが着いて Tomy 船長登場。ここで「うっ!」と気が付いたのは、インターネットで知り合った釣人に1対1で会うのはこれが初めてだということ・・・ムム、かなり照れくさい。Tomy 船長の足元で、うさんくさそうな目をして私を見ているのは船長の愛猫ニャン吉らしい。

「何だ、これが釣る姫? オバンじゃないか」と、その目が言っているよう。 (ウーム、鋭い。負けるものか)
何か紙芝居のようになってきましたが、飛び散る火花を店に残し、ふたりと1匹はボートに移ったのです。
エミーは近くに住んでいる女優さんの飼い犬です。植松さんの別荘を借りて陶芸をしているんですよ。
さて、乗ってビックリ。ボートの中は「何これ?」状態。魚群探知機、モニター、バッテリー、様々なルアーや仕掛けを入れた道具箱や、工具箱。トローリング・ロッドなるものが4本。(普通、ひとりで2本ぐらい同時に扱うらしい)
さらにクーラーやタモが散らかり、まさにオモチャ箱をひっくり返したよう。おまけにロッドには、それぞれキラキラ、ジャラジャラと光るもの(ごめんね、名前忘れて)が、七夕の短冊状態で付いている。その先端につけるルアーを、「さあて、どれにしようかな」なんて選んでいる船長は、オモチャを前にした子供。(失礼!)
どうして男というのは、好きな事になるとこんなにマメになれるのかしらん? 女はとてもここまでのめり込めない…。『まあいいさ、私は桟橋のエサ釣りで充分』と、いきなり退いてしまった私。
マメに働く船長をボーゼンと眺めているうちに、ボートはどんどん走り出しました。
「最初はわからないでしょうから、魚探でも見てれば」
「…………」
「今、8mぐらいのところに群がいるね」
『エッ? 何? どこで8メートルなんてわかるの?』
「ちょっと深くなってるな。5色だから、あと2色ぐらい出して」
『何? ああ、このカラフルな糸を出すのね』
「ボタン押して。親指でおさえながら・・・はい、そのくらいでOK」
「……………」
「あっ、引いてるよ。巻いて!」
『巻いてったって……あれ、ホルダーから外れない!』
「引きが強いと外れないことがあるんだ。ちょっとどいて!」
船長、たちまちニジマスを1匹ゲット。私、他人事のように拍手。
「おっと、こっちも来た!これ巻いて!」
「ヤダ、それ私の竿じゃないもん。」
「しょうがないなあ、じゃ自分で…」
船長、片足で舵を取り、片方の竿を気にしながら、もう一方の竿を巻きはじめます。この格好がおかしくて、笑いをこらえるのにひと苦労。
水槽には、船長の早朝からの釣果が7、8匹すでに入っていました。ボートは湖尻から元箱根の方に向かって左右の湖岸をまんべんなく探索して行きます。その間にも1匹、また1匹と、少し小ぶりのニジマスが水槽に増えていきます。
「おっと、大きいぞ! タモですくって!」
船長の声に、あわてて見ると、水面近くに引き寄せられた大きなニジマスが、美しい銀鱗をくねらせ、ファイトを繰り返しています。
「きれい!」
「43センチってとこかな」
水槽で優雅に泳ぐ大物にメジャーをあてる船長。やせた小物は痛々しいけれど、このくらいになると、戦利品としての重みがズッシリ。何だかトローリングもいいな…という気がしてきて、水槽を眺めていました。
「70センチだって釣れるんだよ」と、嬉しそうに船長。湖面はきらめきを繰り返し、ゆるやかに流れる時間が身体中を幸福感で満たしてくれます。
釣る姫さんは道具の物々しさに驚いたようだった。キラキラ、ジャラジャラはドジャーとペラのことだね。