芦ノ湖キャンプ村レポート

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1998年2月19日

11月30日から80日が過ぎ去った。芦ノ湖の禁漁期間がいよいよ今日で終わる。Tomy は爆釣隊の鋭気を養うため、おでん種とビールをしこたま買い込んで芦ノ湖キャンプ村に向かっていた。

西湘バイパスから眺める太平洋は白波が立っている。20、21は天気予報で雨が予想され、すでに相当風が強い。期待と不安が交錯する道中。いつもなら小田原厚木道路を走る Tomy だが、今日はわざわざ遠回りの西湘バイパスを選んでいた。

なぜか無性に海を見たかったのだ。

砕け散る波涛を横目で見ていると、早くも今回の題名が気になってきた。スーパードリームカップでは、明と暗、栄光と挫折の対照的なドラマが展開されるだろう。そんなことを考えていたら、急に子供のころ夢中になった【巨人の星】が思い出された。

星飛雄馬の子供時代。父ちゃんと2人で地獄のウサギ跳び、そして大リーグボール養成ギブス、壁穴を使った驚異のひとりキャッチボールなどなど…。

飛雄馬は知っての通りサウスポー。しかし、これは左ピッチャーが絶対有利な野球界を考えて、父ちゃんが無理やり飛雄馬を改造したのだった。巨人の星をよく知らない世代のために Flash で壁穴キャッチボールを再現してみたぞ。

壁穴キャッチボール(Flash)

貧乏長屋のアイテムというと、ちゃぶ台裸電球が欠かせないだろう。今ではすっかり姿を消しているが、Tomy の家でも昔はちゃぶ台を使っていた。脚が折り畳めるようになっているから食事のとき以外は壁際に立てておけるのだ。狭い6畳一間の長屋には、これが必要不可欠。さもなければ父ちゃん、明子姉ちゃん、飛雄馬の3人家族は寝るスペースもありゃしない。

こうしてスポ根漫画の元祖【巨人の星】は昭和40年代の高度経済成長時代に旋風を巻き起こした。極貧生活をバネに、どん底から這い上がっていくスーパードリーム物語。【巨人の星】はピンクレディーがデビューするまでの間、子供達をテレビの前にクギ付けにしたのである。

【鉄腕アトム】の時代、【巨人の星】の時代、そして【ピンクレディー】の時代…世相は微妙に変化していったが、テレビが今より子供に強い影響を与えていたのは言うまでもないだろう。

最近ポケモン・パニックで子供が1,000人ぐらいヒキツケを起こしたらしいが、それがもし【巨人の星】だったら…、軽く5万人はヒキツケを起こしていたはずだ。少年達はテレビにかぶりついていたんだよ。大リーグボールを投げる場面で、もし画面が激しく点滅したら…。

おそらく死人さえ出ていたに違いない。

(`⊥´!

ついでだ、もう少し【巨人の星】について語ろう。