まずはフッコ釣り

1998年4月4〜5日

日が高いうちはテントでお昼寝。日帰り組が湾奥の彼方に吸い込まれていく頃、Tomy はようやく行動を開始しました。すでに Yos さんと Nobit さんは四畳半に陣取ってキャストを開始していましたが、せっかく持ってきたスズミのタモは置き去りにされていました。

『一応持って行こう』

4畳半?Tomy はクソ重いスズミのタモを肩にかけ、シーバスロッドを左手に持ってザクザクとニャン吉ケ丘の坂を下っていきました。

どうもこの四畳半、名前の由来は写真の残骸らしいですね。2つに仕切られたコンクリートの部屋はいったい何だったのでしょうか?

広さは片方がちょうど四畳半ぐらい。しかし、窓もなければ入り口もない。あるのは鉄筋のはしごだけなのです。

明治時代の建造物には鉄筋が入っていませんでしたが、この四畳半×2のひび割れからは鉄筋がのぞいているし…

『火薬庫かな? 待てよ…、ひょっとして便漕?』

いずれにしろ居住空間でないことは確かでした。