第十堰って何だろう?

動堰化推進派の説明

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2000年1月28日

それでは徳島県の広報誌から推進派の言い分を引用しよう。

吉野川第十堰建設事業審議委員会で「第十堰を抜本的に改築することが妥当」という意見がまとまりました。住民の生命と財産を守るため、現在の第十堰は可動堰への改築が急がれています。そこで、現在の第十堰の役割や問題点、また、可動堰の機能や環境への配慮等について紹介します。

江戸時代と現在の吉野川(FLASH)

最近、中国や東日本等で川の大氾濫が起こり、甚大な被害をもたらしました。吉野川でも同様の氾濫が起こらないとは限りません。現在、第十堰上流の堤防の安全性は、40年に一度程度の洪水までしかなく、第十堰を固定堰として残した場合、150年に一度の洪水はおろか、それ以下の洪水でも破堤する恐れがあります。

150年に一度の洪水って、いったいどんな洪水なの? 確かこのセリフは長良川河口堰建設の時にも聞いたような気がするが・・・

治水だけを考えた場合、河川の障害物である第十堰は取り除くべきですが、それでは旧吉野川へ水を流すことができません。吉野川の安全性を高め、旧吉野川に水を流すためには、第十堰を可動堰に改築することが求められています。

今から約250年前、第十堰付近の吉野川は南から北へ流れ、現在の旧吉野川が本流でした。この水を城下町へ引くため水路を掘ったところ、ここにほとんどの水が流れて、旧吉野川に水が流れなくなり、下流の人々は水不足や塩害で苦しめられました。そこで旧吉野川に水を流すため、石を積み上げて流れをせき止めました。これが現在の第十堰の始まりと言われています。

その後、第十堰は川幅が広がるとともに増築され、破損、補修を繰り返しながら長くなり、結果的に、吉野川を斜めに横切り、川底から約4m突き出した、長さが800m以上もある、巨大な人工構造物(固定堰)として残されました。

もし大洪水が起きた時

第十堰が壊れなかったら・・・(堤防決壊の心配)

吉野川では、洪水の時に、第十堰が水の流れをじゃまして水位が上昇するせきあげ現象によって堤防が危なくなったり、斜め堰で水の流れが曲げられて堤防の前面が異常に掘られる深掘れ現象を起こし、堤防が壊れそうになったりしています。

もし、第十堰の上流北岸で破堤したとすると、最大で約7,500haが浸水し、約87,000人が被害を受け、また、同じく南岸で破堤したとすると、最大で約2,900haが浸水し、約32,000人が被害を受けると予想されます。

第十堰が壊れたら・・・(水利用の心配)

現在の堰は、洪水による崩壊と補修を繰り返しており、老朽化しています。もし、第十堰が壊れて旧吉野川に水が流れなくなると、鳴門市、北島町、松茂町の約10万人の上水道に供給ができなくなり、工業用水も取水できなくなって1日約19億円の損失を発生し、農業用水の取水もできなくなるなど、下流域の生活や産業活動に大きな影響を与えます。

また、吉野川本川には塩水が遡り、徳島市、石井町の約25万人の上水道に障害を与える恐れがあるなど、その影響ははかり知れません。

身近なところではポカリスエットやボンカレーの供給に影響が出るだろうが、アクエリアスやククレカレーがある限り大丈夫。徳島の人が「いらない」と言うなら作らなくてもいいと思う。それに150年に一度の洪水で壊れるなら、建設省は250年前にできた石堤が現役だということをどう説明するのだろうか?