難極物語

“ふじ”の謎

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2000年4月22日

午前4時30分、第一次 UMO 調査隊“ふじ”が木負堤防に到着した。

「今朝の満潮は6時過ぎだからね。明け方まではチャンスだと思うよ」

「風が強いですねぇ。ここはそれほどでもないけど、湾の外は相当荒れているでしょう」

「うん、南南西の風だから西伊豆は良くないかもしれない」

「どの辺がいいですかね?」

「そうねぇ、先端が空いているから、とりあえずあそこでやってみてよ。5日前に1.2キロが釣れた場所だから」

美酒! 美酒っ! らんまん・・・、ここでは底を曳いてくるより、できるだけ中層までエギをはね上げた方がいいみたいなんだ」

「なるほど、なるほど」

堤防外側に向かって投げた2投目に手ごたえがあった。しかし、これは子ダコで、足だけがエギにくっついてきた。

5時30分、夜が完全に明けたところでヤル気がなくなった。真昼でもエギで釣れるという話だが、夜が明けてから釣れるぐらいなら薄明かりが差しはじめた頃に釣れるはずだろう。

木負堤防の場合は下田と違って満潮後、引き潮になってからの方がいいのかもしれない。そう言えば、地元の人からそんなことを聞いた覚えがある。

結局、木負堤防での獲物はタコの足1本とメジナ釣りをしていた人が外道で釣り上げた小アジ6匹だった。Tomy は堤防に放り出してあった小アジをもらったのである。ちょっと小さめだが、これでも魚屋が開店するまでのエサにはなるだろう。

木負堤防から見た富士山

「これからどうしますか?」

「うーん、まずは三津漁港まで引き返して右折だね。一山越えると有料道路があるんだよ」

「詳しいなぁ、もう何回も来てますね」

「へへへ、釣り日誌を書いてない釣行も、実はあるんですよ。書きたくないときもたまにはあるからね」

*

「ところで、今回の調査隊は、どうして作戦名が“ふじ”なんですか?」

「それはね、UMO を釣り上げることが“困み”つまり“難極”だから」

「でも・・・確か第一次南極観測隊が乗っていた船は“宗谷”ですけど」

「そう言えば宗谷ね」

(`⊥´!

「ククク・・・」

「いや、“そう言えば宗谷ね”の一言が言いたかったので、わざわざ“ふじ”にしたんだよ」

「ウソでしょ!」

「いや、“お笑い釣り日誌”は一見ハチャメチャだけど、関係ない話をつないだり、一発ギャグを挿入するために、ちゃんと伏線を張っているんだ」

「またまたぁー」

「ホントだよ。ちゃんと南極観測隊のことも調べたんだぞ」

「南極観測のことも釣り日誌に書くんですか?」

「書きますよ。当然でしょう。あぁ、そうそう、Kさんはまだハンドルネームがなかったね。適当に作っていーい?」

「ええ、いいですよ」

「じゃあ、釣り日誌を書きやすくするために“Tarojiro”にさせてもらうね」

「タロ + ジロの2匹分とは、なんて豪華な名前なんでしょう。その方が正体がばれなくて、面白いですね」

「いやね、このあいだ知ってるつもりという番組で、タロとジロの物語を放送していたんだよ。だから、南極越冬隊の本を読んだんだ」

「なるほど、なるほど」

そんな話をしているうちに“ふじ”は土肥港に到着した。

土肥港フェリーのりば

「今は朝だから人がいないけど、ここはなかなか人気があるポイントなんだ」

「良さそうな感じですね」

「ここはヤリイカが釣れることもあるそうだよ。キビナゴを付けてエサ巻きスッテで釣るんだ」

「やってみますか?」

「じゃあ、エギを数投だけしてみよう」

2人はエギを投げてみたが、まったく反応がなかった。海が荒れているし、満潮なので波しぶきがスゴイ。2人はすぐに諦めて先を急ぐことにした。

「最近、日中でもエギで釣れるというビデオが売れているらしいね」

「持ってますよ。“アオリイカ・驚異の日中エギング”でしょ」

「それそれ! まだ見てないんだけど、PE ラインを使ってるらしいね」

「見釣りのシーンでは6ポンドぐらいのフロロも使ってますよ」

「なんかねぇ、平塚のライズで聞いたんだけど、そのビデオのワンシーンは、この先の宇久須で撮ったらしいんだ」

宇久須の防波堤

「そう言えば、こんな感じの消波ブロックがありましたね。でも、四角い消波ブロックだったような気がします」

「ないねぇ、スミ跡が・・・秋は釣れるらしいけど、最近は釣れてないみたいだ。それに、ここだと空き缶をセットしにくいからロケット釣りが難しい」

「風も西寄りだし、下田に向かいますか?」

「そうしよう。ここからなら1時間で着くよ。下田に行ったら、魚屋でアジと刺し身を買って、ビールで乾杯だね!」

「昼間から宴会モードか・・・悪くないですね。天気も良くなってきたし」

ここで南極の話に行こう!


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