まぼろしハンター

フォッサマグナ・ミュージアム

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2000年5月1日

フォッサマグナや塩の道について、もっと詳しく知りたい人は上の画像をクリックしよう。糸魚川市のページでそれらを詳しく知ることができる。Tomy もいろいろ調べたが、詳しく書きはじめたらキリがないので、まずはリンク先を見てほしい。

一通り読んだかな? それではまず、フォッサマグナミュージアムの入口近くにあったイトヨの水槽を撮影したので、QuickTime Object Movie を見てちょうだい。この魚は糸魚川にしかいない希少種なんだ。画面の端にカーソルを持っていくと矢印が出る。そこでボタンを押したまま左右にドラッグすると動くよ。

イトヨ(QuickTime)

ミュージアムに入ると、まず最初にイトヨの水槽があって、そのあとは岩石標本の部屋、化石の展示室などを順に見ていくことになる。そして、3つめぐらいの部屋にナウマン博士の生涯を見せる部屋があるのだが、この肖像はナウマン博士が20代のときに撮ったものだろう。

ナウマン博士の肖像ナウマン博士が日本の地を踏んだのは明治8年(1875年)のことで、そのとき博士はミュンヘン大学で学位を取ったばかりの21歳だった。そしてその翌年、なんと22歳の若さで東京大学の教授になったのだ。

ナウマン博士はフォッサマグナの命名者で、のちに、ナウマン博士が発見した象の化石は「ナウマン象」と命名された。だから、みんなも名前だけは知っていると思う。その他、博士の功績としては、“富士山の高さを正確に測ったこと”などもあるらしい。これ以上は書かないので、興味がある人はフォッサマグナミュージアムへ行こう。何しろたくさんの功績を残した人である。

そう言えば、“大陸移動説”を唱えたアルフレッド・ウェゲナーもドイツの学者だった。大陸移動説は1910年代のはじめに発表されたのだが、そのほとんどが正しかったのだ。

しかし、ウェゲナーの考えは無視され、彼は1930年にグリーンランドの氷河で遭難してしまう。彼の考えは間違っていなかったのだが、大陸を移動させる原動力がマントル対流であることまでは突き止められなかったのだ。大陸を移動させる原動力がマントルの対流だということはウェゲナーの死後、20年経った1950年頃にようやくわかったのである。

アーメン、そーめん、冷やそーめん。ウェゲナーよ安らかに眠れ。

アンモナイトと三葉虫の化石

左;異常巻きアンモナイト 右;三葉虫

とにかく、この博物館には化石と鉱物標本が多い。その中でも珍しそうなものを撮影してきたので見てもらおう。まず左は日本でよく見つかるという異常巻きアンモナイト。この標本ではUターンを10回も繰り返している。

そして、右は三葉虫の化石。三葉虫は「虫」という名前がついているので、もっと小さいものかと思っていたのだが、デカイものは70センチもあるそうだ。70センチの便所虫がいたら、さぞ気色悪いだろうね。


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