今日からH”なのである

LKJ って何?

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2000年7月23日

かき氷を食べる Shonan Rockets の人達

さてと、そろそろ釣りの話に行きましょう。これは別れ際に撮った写真ですが、全員写っているのでメンバー紹介に使います。

まず、一番右が HIGASHI GINZA MINNOWING CLUB LKJ の HATTORI さん。ページは相互リンクしているので、あとで見てあげてください。HATTORI さんは今年の春、芦ノ湖でデカマス連発を演じたミノーイングの鬼です。今回のシイラもミノーだけで釣るのがルールらしいですよ。

そして、ブルーのかき氷を食べているのがワイ。つまり、“ブルーはワイ”。左奥が Tarojiro 隊員、手前が鶴見川に毎朝通っているという中芝さん、今月号のソルストにも登場しているとか。最後に左端が中芝さんのお得意様という5人のメンバーです。

きょうは風が強けど、天気はピーカンなのでなんとかなるでしょう。お隣の庄三郎丸ではJ屋のマヒマヒ・トーナメントが開催されていました。

第五庄治郎丸

上の写真は庄治郎丸の新造船、第五庄治郎丸。19日に進水したばかりのピカピカです。バウデッキがシイラ用になっていてカッコイイでしょ。48人乗りの大型だから相模湾でもひときわ目立つと思います。白い船体に赤いラインが目印ね。(ルアー釣りでは24、5人を定員にしているので余裕です)

「ASHINOKO ONLINE を読ませてもらいました」(中芝)

「クダラナイっしょ」

「なんか、エッセイみたいですね」

「まあそんな感じかな。釣りは下手だから他で勝負なんだ」

「面白いですよ」

「釣れない釣り日誌が多いからじゃない?」

僕はデータベースみたいな釣り日誌はキライだと掲示板に書いてましたよね」(HATTORI)

「HATTORI さんは何か、おカタイお仕事なの? すっごく生真面目なページだよね」

「音声のミキシングなどをやってます」

「えーっ? HATTORI さんのページって音のコーナー、ないでしょ?」

「家に帰ってまでやりたくないんですよ」

「もったいない! せっかく技術を持ってるのに。ところで、シーバスは釣れてる?」

「このあいだエイに竿を折られました」(HATTORI)

「えっ! どこで?」

「花水川の河口です」

「デカかったの?」

「スッゴイ大物ですよ。もう、マンタ級!

「飛ぶの?」

「飛びます、飛びますっ!」

「走る?」

「ウィーン、ウィーンって感じで・・・」

「新しいターゲットだね」

「シイラ竿じゃないと上がらないでしょうね。かなり走りますよ」

「ほぉーっ! 」

「足元まで来たんですけどね、シーバス用のギャフじゃ、小さすぎて引っ掛けられませんでした」(中芝)

「ASHINOKO ONLINE なのに海ばっかり行ってて呆れない?」

「ちょっとね。今年、何回芦ノ湖に行きました?」(中芝)

「まだ、たったの5回。HATTORI さんは?」

「僕も少ないですよ・・・じゅう・・・4回かな?」

「ちっとも少なくないじゃん!」

(`⊥´!

「去年は週2回のペースで行ってたんですよ。だからこれでも少ないです」

「恐れ入ったね。ASHINOKO ONLINE をやってくれよ」

「今朝、タロジローさんが電話をくれたときに、はじめて自作の着メロが鳴ったんだ」

「どれどれ?」

♪ジェッター ジェッター スーパージェッター♪

「知ってる?」

「見てましたもん!」

「話せるじゃん。宇宙少年ソランは?」

「もちろん!」

「狼少年ケン」

「ええ!」

「エイトマン」

「はいはい!」

「ビッグX」

「ありましたね・・・」

しばらくして庄治郎丸は潮目を流しはじめた。

「いるよ、いるよ、いるよー!」

「中芝さん、追ってるぞ!」

「おっしゃー!」

全員ここで何匹か釣れましたが、特にこの日は中芝さんが使っていたザウルスのミノーが良かったようです。(ウロコの模様がメガバスルアーみたいなやつ)これはルアーの光り方がいいらしいですよ。

『なかなかやるなぁ。東銀座ミノーイングクラブ LKJ』

『しっかし、この長ったらしい名前はなんとかならんのかね? 最後の LKJ は意味不明だし』

『負けてられまへん。よっしゃ! こっちもヒット!』

というわけで、型は小さいものの全員楽しいひとときを過ごしました。

が、しかし、そのあとがいけません。次第に風が強まり、波の高さは2.5メートルから3メートル。天気はいいものの、魚が沈んでしまったので、鳥山も立たなくなりました。結果は、ペンペンシイラがひとり数匹という貧果です。

お昼寝

J屋のマヒマヒ・トーナメントも似たようなものでした。この日の優勝魚は72センチということで、ペンペン・トーナメントになってしまったのです。