漁魔が行く-03(烏賊釣車中編)

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1999年1月31日

漁魔、巨魚捕獲団を脱団。ぺこぺこハウスを出た漁魔は国道56号線を西に向かいました。2日間のジギングで体は疲れ切っています。いったいどこまで行けるのか?

『イッキに下之加江まで行けるだろうか?』

『いや、中村までが2時間ちょい。下之加江はそれより先だ』

『とりあえず40キロ先の久礼(くれ)で小手調べをしよう』

午後8時過ぎ、久礼漁港到着。月夜のはずなのに、あたりは真っ暗でした。雲が厚く空を覆い、見えるのは灯台と船の灯だけです。家々は食後の団らんを楽しんでいるのでしょう。町に人通りはほとんどなく、テレビの音だけが聞こえています。

漁魔がクルマを降りて辺りを見回していると…。そこへ、ママチャリに乗ったおじいさんがひとり…。キコキコ、キコキコ、キコキコ、キコキコ。おじいさんは静かに通りすぎていきました。とても静かに、キコキコ、キコキコ・・・。そしておじいさんは暗闇に吸い込まれていきました。

『ああ、何か食べ物を仕入れないと…』

『ローソンは?』…ありません。

『マクドは?』…あるもんですか。

ここは静かな夜の漁師町です。夜は人通りなんかありません。漁魔は灯台のある突堤に向けてクルマを走らせました。しかし、だんだん道は細くなり、その先は軽自動車しか通れそうもありませんでした。

『ダメだ。暗くて道がわからない』

15分ほど迷った揚げ句、漁魔は久礼漁港のモイカを諦め、再び車上の人となりました。暗く静まり返った道、黄色の点滅信号、そして再び国道56号線。漁魔はさらに南西を目指します。

文久2年(1862)3月27日、竜馬は脱藩して長州を目指しました。このとき竜馬は現在ぺこぺこハウスのある高知市朝倉で河野万寿弥の見送りを受け、高岡郡檮原(ゆすはら)に向かったとされています。

『うーん、何たる偶然』

奇しくも漁魔が巨魚捕獲団のぎょぎょ丸さんと別れたのも同じ朝倉だったのです。“脱藩の道”は史実に基づいて同じ高知市朝倉が起点。これはこの先…。そう、漁魔は竜馬と同じ道を歩み、竜馬が亀山社中を興したように、烏賊釣車中に励むのです。

国道は海から次第に遠ざかり、長くうねうねした久礼坂を上っていきます。ここから先、カツオの一本釣りで有名な佐賀港までは、小高い台地を通り抜けるのです。夜9時頃、窪川のコンビニで食糧を手に入れた漁魔は現在建設中の道の駅“あぐり窪川”に立ち寄りました。まだトイレと公衆電話しか機能していませんでしたが、それだけに人影がまばらで休むには絶好の場所でしょう。

『夜のうちに佐賀港まで移動して、朝マヅメにモイカを狙おう』

そんな計画を立てたのもつかの間、雨雲が分厚く空を覆って雨がポツリポツリ。漁魔は車の中を整理して、いつでも釣りができる体勢を整えると、ウィスキーの小瓶を開けました。アルコールはサバンナに降り注ぐ雨のようです。体中すべての細胞が緊張を緩めました。目をつぶり、上を向いて口を大きく開ける。落ちてくる琥珀色のしずくはのどを潤し、心地よい眠気がすべてを包み込みました。

『ああ、これぞ窪川車中…、あしたはあしたの風が吹く』