漁魔が行く-09(ウミガメ編)

科学の壁をやぶった人達

5/11(最初のページ

2000年3月17日

ここまでの話で登場した科学者について、もうちょっと詳しく調べてみた。釣りとはかけ離れた話だが、知っていて損のない話だからついでに書いておこう。

ガリレオ・ガリレイ (1564〜1642)

ガリレオ・ガリレイ(FLASH)

「それでも地球は動いている」

漁魔が知っていたのは、このセリフと地動説を唱えた学者ということだけ。読者のみなさんも似たようなものだろう。イタリア人だということすら漁魔は知らなかったが、みなさんはもうちょっとましだろうね。

主な功績

伝説によると、宗教裁判にかけられたガリレオは、ひざまずいて「地球はじっと止まっている」と誓わされたあと、立ち上がったときに「それでも地球は動いている」と小声でつぶやいたのだそうだ。(真偽のほどは明らかでない)

つい最近のこと、木星探査機ガリレオは木星の衛星であるイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストに次々に接近して大きな成果を収めた。

特に、97年12月にエウロパに最接近した際の画像には、隆起した氷のうねが縦横に走る様子がとらえられていた。エウロパの地表を覆う氷の下には海があり、生命を育んでいる可能性があるとされている。なお、今後はさらに“未知なる生命”を求めてエウロパ探査機が予定されているらしい。

ダーウィン

ダーウィンの進化論については、途方もない数の異論・反論が乱れ飛んでいる。とてもじゃないが膨大なこれらの文献を読み切れないし、要約のしようもない。興味がある人は、ひとつずつ読んでみてほしい。

だが、非常に面白いと思うことがあったので、それだけは書いておこう。「ダーウィンの推論の最大の穴は、メンデルの法則を知らずに他界したことだ」という一節を発見したのだ。

1865年

メンデルが【遺伝の第一法則】を論文にした。

1882年

ダーウィン没。

1884年

メンデル没。

1900年

メンデルの法則がはじめて脚光を浴びた。

メンデル

メンデルは修道士で、統計学と園芸を趣味にしていた。エンドウ豆の研究から【遺伝の第一法則】を見出したが、生きているうちに彼の発見は評価されなかった。

メンデルが科学者ではなく、町のしろうと研究家だったことが災いしたのだ。不運にも【遺伝の第一法則】という偉大な発見は、35年間も脚光を浴びることなく埋もれてしまったのである。

ではなぜ1900年にメンデルの仕事が脚光を浴びたかというと・・・

とても信じがたいことだが、1900年の同時期に3人の学者が【遺伝の第一法則】を同時に見出して、しかも、その3人が3人とも、自分の発見として発表準備をしている最中にメンデルの論文を見つけたというのである。

3人の学者はそれぞれ、「メンデルの論文に注目するように」と学会に報告したらしい。漁魔はこの3人の名前を聞いたことすらなかったが、みなさんはどうだろう?

ヒューゴー・ド・フリース(オランダ)

カール・コレンス(ドイツ)

エーリッヒ・チェマルク(オーストリア・ハンガリー)

これは発明・発見史上最大の美談と言われている・・・らしい。知らなかった人は覚えておこう。ひょっとすると【漁魔の超進化論】も漁魔の死後に脚光を浴びるかもしれない。・・・アーメン、そーめん、冷や素麺。

進化論に対する異論・反論として、何冊か本を紹介しておこう。

「ダーウィンよさようなら」;牧野尚彦(青土社)

「新・進化論」-自然淘汰では説明できない-

ロバート・オ・クローズ、ジョージ・スタンチュー

訳:渡辺政隆(平凡社)

そして、特にオススメしたいのがこの本↓

「進化論に疑問アリ」-THE FACTS OF LIFE-

リチャード・ミルトン 訳:竹生淑子(心交社)

 いや、この本は面白かったよ。どんなことが書いてあったか、ほんのちょっとだけ紹介しよう。「著作権上問題アリ」だけど、1000分の1ぐらいだから許してほしい。

ビートシュガー(甜菜糖)という砂糖があるのをみなさんは知っているだろう。まずはその、ビートシュガーに関する話

ナポレオンの時代のこと。フランスはイギリス海軍によって海路を塞がれていたため、サトウキビの輸入に支障をきたした。

ビートから砂糖を作る工場がフランス全土に40ヶ所ほどできた。

平均より粗糖を多く含むビートをかけ合わせていったところ、はじめ平均4%だった粗糖の含有率が5%→10%→15%→ついには17%にまで達した。

しかし、粗糖の含有率は17%で頭打ちとなり、さらに交配を繰り返したところ、最後には粗糖の含有率が低い元の品種に戻ってしまった。

次はショウジョウバエを使った遺伝研究で有名になった、セオドウシス・ドブジャンスキーの話

ドブジャンスキーは染色体を4対しか持たず、しかも1ヶ月足らずで新しい世代を作ることができるショウジョウバエを遺伝の研究に使うことを思いついた。

平均36本の剛毛が生えているショウジョウバエを2分し、片方は剛毛を増やす方向に、そしてもう片方は剛毛を減らす方向にかけ合わせていった。

減らす方向:平均25本まで減らすことができたが、30世代で子ができなくなり、ついには滅びてしまった。

増やす方向:平均56本まで増やすことができたが、20数世代で子ができなくなり、ついには滅びてしまった。

「選択によって徹底的な改良を進めると、遺伝子の変異性が枯渇してしまう」ということを発見した。

マイアの説

「一方に偏った選択の結果としてしばしば見られるのは、全体的な適応度の低下である。この問題はあらゆる品種改良実験につきまとうと言ってもいい」

そしてマイアは、種における変異性の限界を「遺伝恒常性」と呼んでいる。

自然の壁

つまり、この本の著者は、マイアが唱えた「遺伝恒常性」から、自然には越えられない壁があることを示し、「進化論」に疑問を投げかけたというわけ。(これは、ほんの一部だけど)

この本、話がとても面白かったので紹介せずにはいられなかったのだが、もう一冊、メンデル、ダーウィンとウォーレス、ガリレオらの話が出ていた本も必見だ。

「アシモフの科学者伝」-Breakthroughts in Science-

アイザック・アシモフ 訳:木村繁(小学館)

訳者がつけた原題の訳は「科学の壁をやぶった人達」

もしこの本が中学の教科書だったら、漁魔の人生は変わっていたかもしれない。本当に素晴らしい本だったよ。お世辞抜きに超・オススメ!