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1999年12月(回想シーン)
それではここから、1999年12月に古満目を訪ねたときの回想シーンに入ります。このときの同行者は神奈川から一緒に来た Yos さんでした。
古満目マップ(FLASH)
Yos さんは4時半頃、地図の中央に見える突堤でウキ釣りをはじめた。が、漁魔はこれに付き合わず仮眠して夜を待つことになった。実はこの日、漁魔は朝から運転しっぱなしだったのだ。特にジャングルのワインディングロートときたら・・・
「釣れましたよ! アジがもう入れ食い!」
ビックリして飛び起きてみると、あたりは既に薄暗くなっていた。
「ほいたら、ボチボチはじめるとするか・・・」
ノロノロと支度をして、漁魔が堤防の先端に立ったのは5時半頃だった。太陽は完全に姿を消し、これからが、いよいよモイカタイムである。
「全然あたらんね」
「おっかしいなぁー! さっき呼びに行ったとき、コマセを切らせたのがいけなかったのかなぁ?」
クーラーにはわずかな入れ食いタイムに釣ったと思われる小アジが2匹入っていたが・・・
「入れ食いって2匹だけ?」
「・・・・・・・」
「ここ、ムチャクチャ深くない? エギが底に着かないよ」
「測ってみましょうか・・・」
Yos さんがウキを外して水深を測ってみると、堤防の足元で11メートルもあった。
「ここは止めぢゃ! 漁港に行ってみよう。あそこは明るいきに」
こういうとき、漁魔の決断は素早いのだ。2人はすぐに荷物をまとめて車に飛び乗った。
「コマセは臭うき、窓の外へ吊るしときぃや」
「うわぁ〜、風圧で腕がもぎれるぅー!」
「少しの辛抱じゃきね」
およそ500メートル移動して2人は漁港のいちばん明るいところに陣取った。…と、そこへ800グラムほどのモイカを玉網に入れたオジサンが登場。
「おー! 太かですねぇー! 今さっき釣れたがですか?」
「引っぱっちょったら掛かった」
「エギですね」
「ほうぢゃ」
オジサンは緑とピンクのボーイングシャクリを舟で引っぱって釣ったらしい。何と、エギでもトローリングができるのである。
午後6時、いよいよ最高のポイントで釣り開始。しかし、絶好の時間帯にも関わらずアタリはない。土佐鶴釣法も美酒!らんまん釣法もここでは通じないのだ。
そこへ1台の白い車が止まった。降りてきたのは古満目マップの2ページ目に描いた古満目なイカ釣り指導員さんであった。
「見かけん顔じゃね」
「神奈川から来ました」
「ほぅやろ。しっかし、神奈川とはまた・・・遠方から・・・」
「旅行で来ているがです」
「おお、ほんとじゃね。湘南ナンバー。ワシも昔、マグロ漁をしとったころは三崎に良く行っちょった。どうよ、釣れちゅう?」
「まだ釣れません。あしずり港では釣れましたが・・・」
「ここは最高にいい場所じゃけんど、きょうは汐が低いろ? こういう日ぃは、あんまし良うない」
「さっき800グラムばぁがモイカを1パイ釣って帰ったオジサンがいました」
「こまい!」
『こまい!・・・イコール小さい・・・そうかなぁ?』
「わしが今年釣ったがぁは、最高で4キロ600じゃき」
「4キロろっぴゃくぅー?!」
「2、3キロばあのがは、当たり前に釣れるきね、ここやったら」
「エサ釣りですか?」
「わしらぁはロケットゆうけんど、ヤエンともゆう」
「Yos さん、ヤエンを買っただろ。ちょっと持ってきてみ」
「これですけど・・・」
「これでも1キロばあやったらイケルけんど、2キロ越えたらよう捕らんよ。わしらあが使っちゅうのがは、もっと長いんよ。これの倍はあるきね」
「えー! どうやって釣るがですか?」
「エサはアジがエエね。死んどってもエイがよ。まずエサを放り込むろ? ほいたらリールをフリーにして、缶缶にラインの端っこぉを巻き付けておくが・・・ほいてな、イカがエサに食いつくと缶缶がカラカラカラカラ、パーン!っちゅうわけ。ほいたらロケットをラインに通して、イカんところまで送り込むっちゅうわけよ。そのスリルがたまらんっちゅうわけ」
「面白そうですね。Yosさんやってみろよ。アジもあることだし」
「エギでやりゆう?」
「ええ」
「どんなエギ、使っちゅうかね?」
この時はお得意のピンクエギを使っていたのだが・・・
「色はこれでエイね。けんど、わしらぁはエギに付いちょる鳥の羽をイノシシの毛ぇに換えるわけ。ノリが違うけん」
「どう違うがですか?」
「見せてみ、ほら、光にかざすと羽が光るろ? これが月の光を反射すっと、イカがイヤがるけん、よう乗らんがよ。それがイノシシの毛ぇやったら、光らんっちゅうわけ」
「へぇー」
「どれ、どんなんしゆう? ちょいと投げてみいや」
「では、土佐鶴釣法をお目にかけましょう!」
「何ね? それ」
「とさっ、づるっ、とさっ、づるっ、とさっ、づるっ・・・」
「どうも、土佐鶴釣法はあかんようやねぇ。わしらぁの仲間は30秒ばあ何もせんで置いとくがよ。特に産卵期の大物はあんまし動かんけん、待たなぁ釣れんっちゅうわけ」
「なるほどなるほどぉー」
「ほいたら」
(∩∩)/~~
「いろいろどうもありがとうございました」
それにしても幡多地方の釣師は面白い人が多い。ちょっと話しかければ勝手に釣りの奥義を伝授してくれるのだ。かく言う漁魔も、どちらかと言うと惜しげもなく長年積み上げてきた技を教えてしまう方だが・・・
とにかくここでは「海はみんなのもの」という意識が徹底しているように感じる。「みんなのものだから、みんなで楽しく釣ろう」ということだろう。とにかく人が温かい。
「Yos さん、早速ヤエンを試すチャンスだよ」
「でもこれは、お土産用に買ったやつなんで・・・電気ウキで何か釣れないかなぁ? さっきからコマセを撒いてるんですよ」
「うーん、いい場所だけどね。風が強くなってきたな」
「おまけに、冷たい向かい風ですからね」
と、そのとき。またしてもさっきの白い車がやって来た。きっと古満目なイカ釣り指導員さんも釣りをはじめるに違いない。これはロケット釣りの奥義を見極めるチャンスだ!
「ほら、イノシシの毛ぇを持ってきてやった」
「え?! いただけるんですか?」
「イノシシやったら、この辺の山でこじゃんと捕れるけん」
「どうもありがとうございます」
「ほいたら」
(∩∩)/~~
「わざわざどうもありがとうございました」
(`⊥´)/~~
その後、ますます風が強くなり、気温もぐんぐん下がっていった。どうもイカ釣り指導員さんは釣れないことを見越していたらしい。おそらく毎日偵察に来ているのだろう。このオジサンが釣りをしていないときは多分潮が悪い日だ。
3月には湾内に立錐の余地もないほど釣り人が並ぶということだが、どういう状況なのか確かめてみたいものだ。そうそう、指導員さんはこんなことも言っていたな。
「リールは必ずフリーか、ドラグをズルズルにしとかなあかん。今年も何本竿ごと持っていかれたかわからんけんね。いきなり走るヤツがおるがよ。ひと吹き20メートルばあ走るけん、アッという間に竿が海に引きずり込まれるがよ」
それでは指導員さんご推奨の仕掛けをイラストにしてみたので、それを見てもらおう。
巨大モイカ用ロケット(FLASH)
これは2000年の3月になってわかったことだが、古満目なイカ釣り指導員さんの本名は“宮崎”さんだった。なぜわかったかというと・・・これがまた面白い話なので、のちほど書くことにしよう。