長い旅の思い出

マタギの里と別れ酒

秋田の人は、岩手の人とも山形の人とも、はたまた青森の人とも一味違った独特な雰囲気を持っている。その気質(きしつ)を一言で表現するのは難しいが、Tomy 流の表現法で言わせてもらえるなら・・・、それは昔なつかしい江戸っ子気質(かたぎ)と言えよう。

「あすたは、あすたの風が吹くんでねぇか?」

「まぁ、飲めや。飲め飲め! 今日さ、楽しく過ごそっぜー」

「ライバル会社? んなの関係ねぇんでねぇか? あふたーふぁいぶは、みんな飲み友達でねぇか。なぁ、飲もっぜー! Tomy ちゃん」

とまぁ、一時が万事こんな感じなのである。

だから、Tomy は彼等の中に入っていって、最初は少なからず戸惑いを感じたよ。長い時間をかければ都会でもこんな関係が持てるようになるが、秋田では2日目ぐらいからこんな感じなのだ。

ライバル会社の社員が肩を組んでデュエットするんだぜ。本当に呆れるぐらい仲がいい。昼間はお互い敵味方の関係でも、夜はそんなこときれいさっぱり忘れてしまうのさ。秋田の人達は醜い生存競争が好きでねぇのよ。

どうして秋田の人がこんな感じなのかというと、それは秋田が昔から食べていくには困らない土地だったからだろう。秋田で聞いた話だが、江戸時代から秋田では民が餓えたことが1度もないそうだ。毎年米は収穫できるし、海の幸も豊富にある。水がいいから酒もうまい。本当に天下太平なのだ。

秋田市には太平山という山があるが、その緩やかで優しい稜線がそこに住む人達の人柄をを良く物語っていると思う。お隣の山形県は何度か飢饉に見舞われたせいで、貯蓄欲が旺盛なのだけど、秋田の人はおおらかで結構派手に金を使う。

飲み方なんか半端じゃないぞ! Tomy は結構いける口だけど、そんな彼が何度も「もう勘弁してくれ」と言っていたからね。3軒目で終われば御の字なのさ。3軒目で知り合いに出会ったりすれば、即!「次いこう。次!」という話になり、4軒目で泥酔。さらに最後は“千秋らーめん”という締めくくりの店に行かねばならない。しかも、ラーメン屋に行ってまで「ビール!」ダカンネ。

1軒目、2軒目はセーブして、力を温存しなければ死んでしまう。それがわかるまで Tomy は苦労したよ。たった2カ月で5キロも太ってしまったのだ。

マタギの里の地図(森吉・阿仁)

さてと、そろそろ釣りの方に話を転換しようかね。海釣りのことは一通り書いたから、今度は渓流の話をしよう。Tomy が河辺町でよくフライ・フィッシングをやったことは話したけど、何と言っても忘れられないのはマタギの里として知られる森吉・阿仁のあたりである。

この辺は沢山いい川があって飽きることがない。秋田市を出て北に向かい寒風山を左に見ながら北上すると森吉阿仁スキー場の看板が見えてくる。そしたらそれを右折じゃ。

しばらく行くと小阿仁川があって、その上流の萩形(はぎなり)まで行けばそこはイワナの宝庫。大きな淵を覗き込めば、そこには必ず大物がいるんだよね。

小阿仁川より更に北上して阿仁川へ出たらまたもや右折。そこには有名な小又川がある。ここはフライ・フィッシングに適した川だから1度行ってみるといいだろう。気持ち良くラインを伸ばせるから楽しいぞ。

実に環境がいい所なんだ。ビクなんか持って行くなよ。そいつぁ野暮だぜ。イワナやヤマメを食べなくても今の世の中なら食っていける。もしどうしてもキープしたければ、夕方最後に釣った1匹だけにしな。最後の30分間は特大のエルクヘア・カディスでも使ってな。1匹で十分満足するはずさ。

皆さんは“余して釣る”という言葉を聞いたことがあるだろうか? 昔の職漁師の言葉だけど、それはとても大切なことだからいつも心掛けよう。タラの芽やキノコを採る時も、来年のために根こそぎ採ったりはしないだろ? それと同じことだよ。

ゲイツ君は“余して釣る”の意味を一生理解できないと思うが、ASHINOKO ONLINE の読者諸君は大丈夫だよね。

(`⊥´)/

あまり詳しく川のことは書かないぞ。本当は有名でない川の方がすごいんだけど、誰が読んでいるかわからないから教えてやんない。Tomy もまた秋田で楽しい釣りをしたいからね。

さてさて

秋田のネタはこの3倍ぐらいあるのだが、そろそろ締めに入るかな。楽しい楽しい秋田の生活だったけど、Tomy は1年も秋田にいられなかったのだよ。本当はもっといたかったのだけど、母親が病気になってしまったので神奈川に帰ることにしたんだ。

昭和天皇が亡くなって、平成元年になった頃の話だよ。不謹慎と怒られるかもしれないけど、Tomy は天皇が亡くなったその日に仲間をさそってスキーに行ったのだ。急に思い立ってね。

案の定、スキー場はガラガラで楽しかったよ。何十本もリフトに乗ったので汗をかくほどだった。スキーをやって、帰りにたらふく寿司を食って、その席で Tomy は仲間に別れを告げたのさ。

翌日から雪がドカドカ降って、秋田の街はは真っ白になった。毎朝、車を発掘するのがとても大変だったな。

横手に出張する奴等はみんな、車のアンテナを伸ばしたままにして目印のリボンを付けているのだが・・・。Tomy はそれにどんな意味があるのか知らなかった。その意味はドカ雪のおかげでやっとわかったのだ。

でも、わかった頃にはもう、彼は横手を経て北上インターヘの道を実家に向けて走り去っていたのである。見送りをする人もなく。

魚は沢山釣れたけど、秋田美人の方は結局ボウズだった。まるでイブニングライズの前にフライロッドを折ってしまったような気分だったけど、彼はあしたに向かってまた走り始めたのだ。

秋田に住んだ8カ月間で彼は温かい人情と自然の素晴らしさ、そして何よりも日本らしい日本を味わうことができて幸せだったよ。


秋田の渓流釣りに興味があるなら連絡してよね。

INDEX