1997年2月11日
今を去ること9年ほど前の話である。Tomy は神奈川から秋田に転勤することになった。これには色々とふか〜いワケがあるのだが、読者にとって面白くない話だろうから省略して話を進めよう。ここには面白い話だけを選んで書くことにする。
作者プロフィールに書いた通り、Tomy は東京生まれである。神奈川に移り住んで18年が経過したが、その間たった1回の地方暮らしが始まろうとしていたのだ。
羽田を飛び立って約1時間が経過し、鳥海山の壮大な雪景色を見たとき、
『とんでもない所に来てしまった』と思った。
眼下の景色が今までの生活と、あまりにかけ離れていたからである。もう季節は初夏だというのに鳥海山の山頂は真っ白な雪に覆われていた。周りに見えるのは紺碧の日本海と水をたたえた水田、そして秋田杉の密生した山林だけだったのだ。
彼はこれから始まろうとしている大自然との格闘を思い描くと身震いがした。そして、特命の重さをひしひしと感じたのであった。
秋田空港に出迎えは無かった。彼はひとり寂しくバスに乗ると、会社のある秋田市内へ向かった。明日から勤務する秋田分室に顔を出すためだった。秋田というと Tomy の頭に思い浮かんだのが、まず秋田美人。そして日本一を誇る酒の消費量、きりたんぽ、ハタハタ、しょっつる、稲庭うどん…
秋田美人以外はすべて飲み食いに関係のあることばかりだった。秋田に着いてまず彼が探したのは当然! 秋田美人だ。でも、真っ昼間の街では美人らしい美人を見つけることができない。あとで知ったことだが、本当の秋田美人は夜にならないと出歩かないのである。
少々がっかりした Tomy であったが、彼の見たかった秋田美人は意外な所でその姿を見せた。彼女達は白と黒に色分けされた軽自動車で船長Tomy の前に現れたのだ。その車はタクシーのようにチョウチンを屋根に乗せ、裏通りを小刻みに移動していた。そう! それはミニパトだったのである。
何と! そのミニパトに乗っていた2人の婦人警官は、2人とも生つばゴックンのスーパーセクシー婦人警官だった。
『これは面白そうな街だ』
Tomy は心の中でほくそ笑んだ。 彼は、これから始まろうとしている苦難の道のことなど知る由もなかったのだ。
その晩は
Tomy の歓迎会ということになったのだが、その席でいきなり彼は秋田弁の奇妙さに驚かされた。
料理屋に入って最初に課長が注文したのが“ガッコ”だったのである。
東北地方の人は“ガッコ”が何だか知っているだろうが、東京育ちの Tomy は知らなかった。彼は“カエルの串焼き”を想像して、何が出てくるかワクワクしていたのだが…。
いっこうに“カエルの串焼き”が出てくる様子はない。そうこうしているうちに課長や係長がいろんな品を注文したので、テーブルの上は溢れんばかりのご馳走で埋め尽くされた。しかし、“ガッコ”らしきモノは何ひとつ無いのだ。
「あのう、ガッコって何ですか?」Tomyは恐る恐る課長に聞いてみた。
「なんだぁ〜? ガッコ知らねってかぁー? もう食ってるでねーか」
そう言って課長はオシンコを指差した。そうなのである。秋田ではオシンコのことを“ガッコ”と呼ぶのである。その他にも東北弁には面白いものが沢山あるが、もうひとつだけ紹介しよう。
山形の友達の家に遊びに行った時のことである。食卓で友達のお母さんが 「テッショ取ってけろ」と言ったのだ。
Tomy のそばにティッシュの箱あったので、素早くお母さんにティッシュの箱を手渡そうとしたのだが・・・
「つ・が・うっ! テッショだぁー」 と言って、お母さんはティッシュを受け取らない。結局“テッショ”というのは小皿のことだったのだが、本当に方言というのは面白いものだと思う。
しかし、こんなことでは Tomy のカルチャー・ショックは収まらなかった。他にも東京近郊と違うところが山ほどあったのだ。例えばマクドナルド。
何と、お昼だというのにマクドナルドがガラガラなのである。現在はそんな事ないと思うのだが、当時秋田ではマクドナルドができたばかりだったのだ。同僚に何故マクドナルドに行かないのかとと聞くと…
「あんなもん、こっぱずかしいっしょ! あんなとこさ行ったら、友達に笑われるぅー」
と言うのである。Tomy にはとうてい理解のできない感覚であった。のちに Tomy にもその感覚がだんだんわかってきたのだが、これは世間が大都会に比べて非常に狭いことに起因しているらしい。本当にどこで知り合いに出くわすかわからないのだ。こちらが気付いていなくても、誰か知っている人に見られている可能性が十分にある。
何か目立つことをすれば、即! 会社や学校中に知れ渡ってしまうだろう。こんな恐ろしいことはない。なるべく目立たないようにしなければ、どんな噂を立てられるかわかったもんじゃない。
こういうことは一生都会で生活する人にはわからないだろうが、地方都市では常識なのだろう。マクドナルドのような店に出入りすれば
「あん人は新しモン好きでー、都会かぶれだー」
「んだすなぁー」
などと言われ、白い目で見られかねない。それに、最近マクドナルドはとても安いけど、その当時はマクドナルドで500円出すよりも街の食堂で500円出した方がはるかにウマくて栄養のあるものが食べられた。
しかし、世間が狭いことを除けば秋田はとてもいい所だ。何と言っても食べ物がウマくて安い。この街でマズイ店は、いずれつぶれてしまうのである。秋田県人は日本一の飲兵衛だが、同時に日本一のグルメだと思うよ。大阪人も秋田県人にはかなわないだろう。
そして、何よりも秋田のいい所は魚がよく釣れることだ。釣り人の心を熱くさせる流れがいくつも残っているし、海も抜群にきれい。夏に海水浴に行って驚いたのだが、秋田の砂浜はとても美しい。砂が白いのである。沖縄に行けば話は別だろうが、本州で一番きれいな砂浜は秋田の砂浜に違いない。
さて、釣りの話に進もう。
秋田では釣りを趣味としている人がとても多い。これは予想していたことだが、意外にも渓流釣りのファンが少ないのには驚いた。川釣りが好きな人でも、渓流釣りは4、5月だけで、6月からはアユを追う人が多いのである。それに、海釣りのファンは川釣りファンよりずっと多い。それは男鹿半島という素晴らしい釣り場があるからだろう。
クロダイ、マダイ、シロギス釣りは特に盛んで、Tomy のように川釣りしかやったことがない者でもたくさん大物が釣れた。シロギスなんか100匹以上釣る人もザラにいるんだよ。それも20センチ以上の良型がやたらに多いときている。Tomy でさえシロギスの尺物を何匹か釣ることができたからね。
シロギスという魚は、見かけは弱々しいが引きは鋭いぞ。特に尺物ともなれば信じられないほど強い引きを味わうことができる。Tomy はたまげたね。海釣りがこんなに面白いとは思っていなかったのだ。
ここまでは、ほんの序文だからね。