One Cup Dream

第四幕 民宿寒川屋

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寒川屋さんは万座鹿沢口駅の北側にあって、表から見ると、とても古めかしいの。まるで明治か大正時代にタイムスリップしたみたい。Tomy とB子、そして私の3人は去年スキー部の合宿で来たことがあるから2度目の宿泊。おかみさんがとても優しい人だから、誰だってもう1度来たくなるわ。

この民宿のいいところは私達のような団体客を離れに泊めさせてくれることなのよ。息子さんが独立する時のために離れを裏に建ててあるんだけど、普段は誰も使っていないの。だからお風呂や流しはピッカピカの新品だし、自炊だってできる。お酒やお菓子を買い込んでパーティーをしても平気なのよ。ステキでしょ。

今日はトコロ君がケガをしたから少し早めの3時半に着いちゃったんだけど、おかみさんは嫌な顔ひとつせずに私達を歓迎してくれた。おかみさんが離れに私達を案内してくれて、ガスや水道の元栓を開けていってくれたわ。

寒い時期だからお水をちょろちょろ出しっぱなしにしておいてほしいんだって。それだけは注意しないと水道管が凍りついてしまうほど夜は冷えるのよ。少しぐらい騒いでも、ここなら他のお客さんに迷惑がかからないから私達も遠慮しなくて済むの。今日はアフタースキーもバッチリ楽しめるわ。

*

お風呂は母屋の大きなお風呂が最高よ。冷えきった体でもすんなり入れるぬるめの温泉なの。今日は女の子が多いみたいで、大きい方のお風呂が女湯になっていたわ。トコロ君以外は他のお客さんが帰ってくる前にお風呂に入れたから、とてもゆっくりできた。そうそう、夕飯の前にパーティーの準備をしておかなくちゃね。

まずは宴会場の設定から始めよう。こたつを1階の部屋の真ん中に置いて、人数分のコップを用意しなくちゃ。夜になると冷えるから、今のうちに石油ストーブも点火してと…。ついでだから、私達女性がすぐ寝られるように2階にお布団を敷いておきましょう。

『それにしても、今日は Tomy とほとんど会話らしい会話がなかったな。アンコウ君とばかりリフトに乗っていたし。彼ったら、私に気があるみたい。ちょっとネチッコイけど Tomy よりは優しいかな?』

第五幕 晩ご飯

『ヒザの裏が痛てぇっちよ、スキーが外れたから軽くて済んだけど…』

トコロはみんなが風呂に入っている間、退屈なので夜のパーティーの準備をしていた。トコロはスキーのストックにキャップを付け、それを松葉杖にして廊下を歩き回った。

『風呂にも入れねっち、ヒマだからクソでもするかな』

トコロは宴会に備えて体を少しでも軽くしておこうと考えてトイレに入った。

『それにしてもここのトイレはデカイな』

本当にここのトイレは立派なものであった。まず男用のデカイ小便器があり、その奥に最新式のウォシュレットが備え付けられている。広さは2畳ほどあり、人が楽々寝られそうだ。

風呂から上がってみんなが帰ってくると、しばらくして民宿の息子がトコロ達を呼びに来た。どうやら晩ご飯の支度ができたらしい。

民宿の息子は今しがた帰ってきたばかりという格好だった。分厚いマウンテンパーカーを着て、頭には毛糸の帽子をかぶっている。彼のあとについて母屋の方に行ってみると、土間に捕ってきたばかりのキジが一羽ころがっていた。

「やだー、気持ち悪い」

B子は驚いてトコロの陰に隠れた。B子は見かけによらずキジを恐がったのである。しかし、反対に富士子は興味深げにキジを見つめた。実は富士子、かなりのグルメなのだ。その目はキジを食べ物としか見ていなかった。

『これ、食べさせてくれるのかな?』

彼女はそう思っているに違いない。こういう女性と付き合うと財布の中身がいくらあっても足りゃしない。民宿も寒川屋さんのような暖かい人情のある所なら良いが、普段はプリンスホテルとか、プリミエールみのわみたいに奇麗なホテルじゃないと満足しないのだ。まったく世話の焼けるお姫様である。

晩ご飯のおかずはすき焼きがメインだった。肉がたっぷりでとても贅沢だ。こんな食事をプリンスホテルで食べたら大変な金額だろう。寒川屋さんにして本当に良かった。

8人はすき焼きを平らげるとおかみさんに「ごちそうさまー」と元気に言い、そそくさと離れに戻っていった。彼等にとってはこれからがメイン・イベントなのである。

さあ、まずはビールで乾杯! そのあとはチューハイ、ウイスキーで盛り上がるのなんのって…。離れで本当に良かった。そうでなければ大迷惑だ。にぎやかな宴会は夜遅くまで続いたのだった。

*

10時を過ぎると、そろそろ落後者が出始めた。Tomy とB子である。2人はあまりにもスキーで体力を使ったために眠くなってしまったのだ。彼等は明日もバンバン滑るつもりだから先に休むことにした。Tomy は宴会が続く1階のすみっこで、B子は布団が敷いてある2階で深い眠りに落ちていった。

「船長すごいイビキだっち!」

トコロはそう言うと不自由な足で Tomy の所まで這っていき、Tomy の鼻をつまんでみた。Tomy はトコロの手を払い除けもせず、まったく意識がない。ものの5分で爆睡状態に陥っていたのだ。

再び、チャーンス! アンコウはこの機を逃がさなかった。彼は富士子ににじり寄り、猛烈にアタックを開始した。酒の酔いも手伝ってアンコウは本性をむき出したのである。富士子の足をさわったり、ヒザに頭をのせたり・・・、Tomy が見たら激怒しそうなことを平気でやりはじめた。

『これはマズイっち、富士子ちゃんを守らなければ!』

トコロはそう思ってアンコウを富士子から引き離そうとした。が、逆に怪力で突き飛ばされてしまった。

「痛てぇじゃねー! にすんだよぉー!」トコロはアンコウに飛びかかった。酒の勢いで猛烈なケンカが始まったのだ。こうなったらもう誰にも止められない。取っ組み合いのケンカがしばらく続いたので女の子達は2階に避難していった。

さあ、ここからがいよいよ恐いところだ。
トイレに行くなら今だぞ!


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