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明日の朝、N男ちゃんが一足先に帰る予定なので、この夜は盛大なビールパーティーが催された。田老のふるさと物産センターで買ったアワビや魚を焼き、ビール6リットルを4人でガブ飲みする。
「ちょっと小便」と言って Tomy が暗がりに行くと、トコロとピカルも席を離れ、いよいよ作戦実行の相談。作戦は以下のようなものだった。
以上のようなバカげた計画だった。この Gussulin という薬は、N男ちゃんの会社御自慢の強力な睡眠導入剤なのだ。通常は2ミリグラムも飲めば気を失ってしまう。
Tomy はトコロ達に2ミリの錠剤を渡し、チャンスを見てN男ちゃんのビールに入れるよう指示した。この薬はビールに入れると発泡するので、一気に入れるとバレてしまうのである。しばらくして、もう1度 Tomy は席を立った。「ちょっと小便」と言って、またまた暗がりへ。するとトコロやピカルもあとについてきてお互いの戦果報告になった。
「何ミリ入れたんだよ?」
「俺は2ミリだよ」
「俺は3ミリ入れたっちよ」
「ゲッ、俺も2ミリ入れたんだぜ! 大丈夫か?」
大丈夫なはずがなかった。 N男ちゃんは急にゲラゲラ笑いだし、その声は山中にこだましていった。おかしくておかしくてたまらないという感じだ。
『へぇー、この薬を飲むとあんなにハイになれるのか…』
Tomy 達がそう思ったのもつかの間、N男ちゃんは川原にベタッと横になり、急に動かなくなった。気を失ったのである。本当にスゴイ威力だった。
「7ミリなんてヤバイんじゃないの?」
「N男ちゃんは大量に飲んでも眠り続けるだけで死なないと言っていたけどね」
「とにかくテントの中に運ぼう!」
筋肉が緩みきった人間というのは非常に重いモノである。ゴム風船に大量の水が入ったモノを想像すれば、その持ちにくさがわかるだろう。グニャグニャになったN男ちゃんは3人掛かりでもテントの中に運ぶのが一苦労だった。このままでは本当に30時間眠り続けるかもしれない。
5月5日のアサーッ!
N男ちゃんが帰る予定日である。当然のことながら、N男ちゃんは突いても揺すってもまったく起きない。3人はN男ちゃんをテントに残し、車で下流の堰堤に向かった。3人でヤマメ3匹、イワナ4匹、まずまずの戦果だ。おかずが釣れたのでイジメッ子達は意気揚々とキャンプに引き揚げた。
「あっ!」
ピカルが叫んだ。閉めたはずのテントが開いていたのである。驚いたことにN男ちゃんは起きることができたのだ。テントに近寄ってみると、N男ちゃんの手紙が焚き火のそばに置かれていた。焚き火の燃えカスで書いたのだろう。無茶苦茶にヘタな字だ。

これはまったく予想だにしなかった。起きられるはずがないと思っていたので3人は大慌て。フラフラして事故にでも遭ったら大変だ。3人は急いで車に舞い戻り、林道を上流に向けて登っていった。
2つ目の橋を渡り、右カーブにさしかかるとカーブミラーに対向車が映った。すると、すれ違いざまにその車から手が差し出され、何か大きな声が聞こえた。Tomy がバックミラーで確認するとN男ちゃんではないか。N男ちゃんは山菜採りのオジサンの車をヒッチハイクして3人を探していたのである。
「あんだよぉー、兄ちゃんたちぃー、つめてぇーじゃねぇー!」
N男ちゃんは山菜採りのオジサンに礼を言ってレオーネに乗り移ると、開口一番ロレツのまわらない口でこう言った。
「今日で最後なんだから、俺っちも釣りがしたいぜぇー!」
「なぁーに言ってるんだっち、N男ちゃん、揺すっても起きなかったじゃないか」
「それに何時間寝たと思ってるんだ。30時間も寝てたんだぜ!」
「兄ちゃん達ぃー、一服盛ったな!」
「一服どころじゃねーよ、N男ちゃん。Gussulin を7ミリも飲んだんだぜ。今日が何日だと思ってるんだ?」
予定通り作戦がはじまった。最初のうちは状況を把握できなかったN男ちゃんだったが、3人の口撃は実に巧みだった。N男ちゃんだけが体験していない架空の5月5日を3人は克明に語りはじめたのだ。
「きのう、田老の花火大会は楽しかったよなぁ」
「N男ちゃんも行けばよかったのにね。地酒が飲み放題だったんだぜ!」
「Gussulin、いーいクスリです。30時間も寝られるんだから」
N男ちゃんは目を丸くして驚いた。今日が本当に5月6日だとすると、一大事なのである。新薬の発売日に無断欠勤。彼は真っ青になってピカルの左腕をつかみ、デジタル時計の日付を食い入るように見つめた。
作戦大成功である。他の者の時計もちゃんと1日進ませてあったわけだが、見事に引っ掛かった。N男ちゃんは大慌て。「とにかく電話のある所に早く連れてってくれぇー!」とワメキ散らし、「クビになったらどうしてくれるんだよぉー!」と言って Tomy の首を絞めた。
それでもトコロなんか、まぁーだ口撃の手を緩めない。
「たいした会社じゃねぇーじゃねー! やめちまいな!」
もうそのあとは滅茶苦茶である。N男ちゃんは完璧にウソを信じ込んでしまい、わめくは暴れるはの大騒ぎ。とうとうピカルが笑いをこらえ切れなくなって本当のことを白状したのだが、オウム信者のように完璧にマインド・コントロールされたN男ちゃんは、ウソだということを納得するにも大変な時間を要したのだった。
その後、N男ちゃんはひとりで山田線に乗って家路に着いたのだが、駅で買った切符の日付を食い入るように見つめていた姿が印象的で忘れられない。彼は切符に刻まれた日付を確認して、ようやく納得したのである。
N男ちゃんは龍泉洞のトイレの水を大事そうにバッグに入れて電車に乗り込み、ゆっくりと海岸沿いを走り去っていった。
マインド・コントロールって恐ろしいよね。N男ちゃんはトイレの水で割ったウィスキーの水割りを「最高だ!」と言っていたよ。