Hokkaido 1980

爆竹戦争

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一行は上野から急行電車を乗り継いで青森に向かった。そして、青森からは懐かしい青函連絡船に乗り、いよいよ北海道に上陸だ。現在は海峡線でトンネルをくぐって行くが、青函連絡船の方が旅気分が盛り上がって良かった。

連絡船の名物は海峡ラーメンというワカメ入りのラーメンだった。連絡船に乗ったら“津軽海峡冬景色”を歌いながら海峡ラーメンをすするのである。別にそうしなきゃいけないわけじゃないが、目一杯北海道に渡ることを楽しむための儀式だったのだ。

さて、北海道に着いた。ここで真っ先にすることは何だと思う? それはね、爆竹の買い出しなんだよ。函館駅の近くに爆竹やロケット花火を売っている店があったが、釣魚部の連中は毎年ここでかなりの金を使っていた。

もちろん熊よけという意味もあるのだが、ほとんどの爆竹は山の中で爆竹戦争をするために買うのである。静かすぎる山奥にこもるので、そうでもしないと気がおかしくなってしまうのだ。つまり恒例の行事というわけ。

だいたい毎年、ひとり2,000円分ぐらい買っていたな。1980年の2,000円だから、そりゃーもうスゴイ量だよ。井出のやつは初めてだから、どう使うのか知らなかったけど・・・

1980年 函館駅

右に写っているやつが山岳部から特別参加の井出(函館駅)

函館から札幌へ、さらに札幌から釧路へ。学割の周遊券だから特急には乗れない。上野から釧路までは丸1日以上かかった。こういう旅をしたことがある人は少ないだろう。今なら飛行機でひとっ飛び。知床を目指すなら女満別行きに乗れば2時間ぐらいで着いてしまう。

爆竹戦争というのは非常に危険な遊びなので良い子の皆さんは決して真似してはいけない。だけど、興味があると思うのでやり方をチョットだけ教えよう。

まず、クマに出会うのが恐いので、山に入る前は盛大に爆竹を鳴らす。気が弱いヤツは山道がカーブするごとに鳴らすから消耗が激しい。だが、本番は2日目以降なので1日目はセーブしておいたほうがいいのだ。

人里離れた山奥に入ると、だんだん不安感や焦燥感にさいなまれるようになる。そういうストレスから逃れるために爆竹を鳴らすので、最初は極力セーブしておかなければならない。

良い子の皆さんは連続3週間もキャンプしたことがないだろう。精神状態がどのように変化していくか、やった者にしかわからないと思う。普段仲がいい友達同士でも、些細なことから言い合いになったりするのだ。

「おまえが食器を洗う番だろ」

「あとでやるよぉ」

だいたい2日目ぐらいから食事の支度が億劫になってくる。片付けはさらに億劫だ。戦争は食事の後片付けが面倒になったころ勃発する。

パーン!

気づかれないように爆竹を取り出して、素早く火を着け、敵の背後に投げる。そのあとはもう、油断するごとに誰かが攻撃してくるからまったく気が抜けない。

ひどいときはこんなこともする。

北海道、特に知床や大雪山系ではクマと遭遇する危険性がある。だから爆竹なしでは不安でキャンプなんかしていられないのだ。北海道でキャンプするときは必ず爆竹を持って行こう。たとえクマがいなかったとしても、不安で眠れなくなるから。

爆竹には他にもいろいろな遊び方がある。例えば川に向かって爆竹を投げ、水面ギリギリで爆発させるのを競うギリギリゲーム。これなんか結構面白い。本当にうまく行くと爆竹が水面に刺さった瞬間に爆発するのだ。

おっと、また脱線しはじめたな。先を急ごう!