Hokkaido 1980

知西別湖のレインボー

8/11(INDEX

湖面は朝もやに覆われて、視界はおよそ20メートルだった。浅瀬にはアシが生い茂り、その向こうに鏡のような水面がある。周りを見回すと、熊笹がきつくて左に進むのは時間を食いそうだ。

仕方なく滝上の川を5メートルほど渡ることになったが、この水の冷たさと言ったら、まさに手を切るような冷たさである。しかも深さは胸まであるからウェーダーは役に立たない。

それでも熊笹の壁に比べればなんぼかマシだ。前年アタシとアンコウは阿寒湖の近くにあるペンケトーで道に迷い、熊笹でひどい目に遭っていた。そのときは熊笹の壁に阻まれて、およそ500メートルに1時間を費やしたのである。手や顔は傷だらけ、エネルギーをすべて使い果たした2人は道端にへたり込んでしまった。

あんな苦労は2度としたくない。当然選ぶべき道は泳いで対岸に渡ることしかないだろう。

「寒い、クソ寒い!」

まだ9月初めなのに知床の朝は強烈に冷える。水から上がると急激に体温が奪われて歯の根が合わないほど震えた。

しかし、湖岸は湿地帯でたき火ができるようなところは見つからない。とにかく奥の流れ込みの方へ進むしかなかった。と、そのとき。

バッシャーン!

「何だ? 何だあの音は? 魚か?

それが魚だとしたらタダ者ではなかった。かなり巨大な魚でないとあれだけの音はしない。釣り人の血が騒ぎ、アタシは寒さを忘れて急いでルアーロッドにリールを装着した。

そして、P1でアシの切れ目に向かってダーデブル赤白を投げた。

走った! ラインが右にツツツゥーッっと走った! ルアーの着水とほぼ同時に魚が走りだしたのだ。そして次の瞬間、銀色の体をくねらせた40センチほどのマスがアシの際で宙に舞った。

切れた。マスとアタシは一瞬ラインで結ばれたが、次の瞬間にマスは自由の身になった。朝の第1投、しかも着水と同時にヒットするなんて・・・。あまりにも心の準備がなさ過ぎた。

「・・・・・」

レインボーだ! あのジャンプはレインボーだよ」

こんな山の奥、しかも30メートルの滝の上に。信じられなかったが現実だ。誰かが放流したとしか思えない。一行は寒さに我慢ができず、釣りを一旦諦めてたき火をすることになった。P2の流れ込み近くに乾いた平地があり、3人は必死でそこまで湿地帯を進んでいった。

ここでまた3人はさらに信じられないモノを見た。流れ込みの一角に石で囲ったイケスが作ってあり、その中に60センチを超える巨大レインボーが!

「まずいものを見られちまったなぁ。このことは黙っててくれよ」

そこにいたのはゴムボートを担いでアタシ達の前に出発した人達だった。

『そうか、この人達が放流したんだ。それにしても・・・』

「投網で捕ったのさ。音がしなかったかい?」

なるほど、これで謎が解けた。この人達は秘密裏にここを養殖池にしていたのだ。しょっちゅう来るからどこに魚がいるか熟知しているのだろう。そうでなければ深い霧の中でゴムボートから投網を打てるわけがない。

「どうやってここまで魚を運ぶのですか?」

「冬の間は尾根伝いにスノーモビルで来られるのさ」

実はこのあと、その人達が魚を持ち帰るところを見ていない。そのあとしばらく釣りをしたのは覚えているが、どうしても釣ることができなかった。岸からだとポイントは地図にある3カ所に絞られてしまう。その他の場所はアシに邪魔されてキャスティングができないのだ。アンコウと相談して来年はフローターチューブを持ってこようという話になった。そして、その日は暗くなる前にキャンプに戻ったのである。

豪雨と甘酒の関係

夜半から激しい雨になった。テントは高台に設営したから平気だが、水はどんどん増えているようだ。次の日の朝、川は増水してとても釣りができる状態ではなくなってしまった。この日は何もできず、テントとワゴン車の中で一日中寝て過ごしたと思う。

次の日、雨は小降りになったが風はまだ強い。台風の影響で断続的に雨が降り続いている。だが、2日もテントの中にいては身も心も腐りきってしまうだろう。食料の調達もしなきゃならない。

3人は相談して羅臼港に行くことにした。風速は10メーター以上、それでも防波堤には何人か釣り人の姿があった。投げ釣りの人を見ていると、ゴツイ投げ竿にゴンゴンという物凄いアタリ。上がってきたのは40センチはありそうな素晴らしいカレイだった。あんなのが釣れれば最高のおかずになる。

だが、投げ竿のようなゴツイ仕掛けは持っていない。持っているのは渓流竿とウルトラライトのルアーロッドだけである。防波堤を歩き回っていると、何やら銀色のかたまりが港内を泳ぎ回っていた。

「サンマだ!」

「ルアーで釣ってみよう」

アタシはウルトラライトのルアーロッドにスプーンを付け、サンマの群の中にキャストした。するとサンマはルアーに反応し、何回かに1回釣れてくる。大きさは30センチにも満たないチビサンマだが、食って食えないことはないだろう。

アンコウは釣ったサンマをナイフで切り、5グラムスプーンに切り身を刺してテトラポットの隙間に落とし込んだ。すると、ほぼ100発100中でソイが食ってきた。大きさは10センチから25センチぐらい。頭がデカイので10センチでは食べるところがないが、25センチともなれば立派なオカズになりそうだ。

2人は15センチ以上のソイを瞬く間に10本ほど釣り上げて釣りを終了。あとは八百屋でジャガイモを100円分買ってテントに戻った。ジャガイモは小ぶりでいかにも半端物という感じだったが、数は100円でもずいぶんあったと思う。

小さいソイはぶつ切りにして味噌汁に、そして大きいソイとチビサンマは塩焼きだ。さすがにチビサンマは脂がなくてまずかったが、ソイの味噌汁と塩焼きはなかなかだった。オショロコマに飽きていたので海の魚は新鮮な味がしたのだろう。

観光の写真

さてその後だが、この年は知西別の探検をこれで諦めて、しばらく観光をすることになった。写真は井出だけ標津岳の登山口まで連れていき、我々が観光をしていた証拠である。こっちは魚のいない山のてっぺんにまったく興味がないのだ。(このとき井出は真新しいクマの足跡とフンを見つけたと言っていた)

天気の回復後は標津川の養老牛温泉へ向かった。ここでの釣りは良く覚えていないのだが、1週間ぶりに風呂に入ったことだけは鮮明に覚えている。久々の風呂で3人が同時に体を洗ったのだが・・・何と洗い場が垢の海になり、それが怒とうのように押し寄せて排水口が詰まってしまった。本当におびただしい垢の洪水だった。

慌てて排水口のフタを外し、手で甘酒状の垢をすくい取った。甘酒の量は大鍋一杯ぐらい楽にあっただろう。手桶と洗面器に甘酒を一旦ためて、大量の水で少しずつ流したら危機を乗り切ることができた。

今度甘酒を飲むときはこの話を思い出すノラ。

(`⊥´)/

ここでちょっとコーヒーブレイク